控えめに扉を叩く音で、マークは遠く遠く記憶の彼方へと飛ばしていた意識を、現実へと引き戻した。大人しく頭を撫でられるままになっていた少年はさっと表情を強張らせ、何かに怯えるようにマークの後ろへと隠れてしまう。明るく人懐っこい子だったのに。マークがあの屋敷を去った日からの、母と二人だけの日々、『父親』に捨てられたと思いながら過ごした日々が<マーク>をここまで変えてしまったのか。
それとも、他人の感情の動きに敏い子だったから、イーリスへ足を踏みれてから今までのマークの穏やかならぬ胸中を敏感に察しているのかもしれない。
僅かに口の端を歪めながら、マークは扉の向こうへ「どうぞ」と声を掛けた。その扉が開けばそこには『彼』がいる筈だ。神剣の英雄。偉大な聖王と讃えられる男。母が誰よりも愛した男。……そして、この子の父親。
彼に会うことを求めたのはマーク自身だが、同時に大層恐ろしくもあった。その相反する感情を表したように殊更ゆっくりと扉が開いていく。一瞬のようで、けれど永遠のように長く感じられる時間。
それが過ぎると、忠実な騎士に伴われ姿を見せたのは、記憶にあるより齢は重ねていたがやはり聖王クロムだった。彼を英雄と呼ぶ市井の人々の声に相応しく、軽装であっても滲み出る威厳は王者のそれだ。即位してもう十年以上。愛した女性を捨て、家族と己の王国を選んだ結果が今の彼の様相だとするならば。男との相似が際立ってきた青い髪も瞳も、何もかもが呪わしい。
反射的に<マーク>を抱いていない方の手で、拳をきつく握り締める。縋り付いている少年が案じるようにこちらを見上げる気配がしたが、もはやマークに心配ないと返してやれる余裕はなかった。
「お久しぶりです聖王陛下。ご多忙の中、僕のような者に貴重な時間を割いて頂き恐縮です」
「マーク……」
言葉遣いこそ丁寧だが、まるで氷を吐くように冷たく、斬り付けるような口調に僅かにクロムの目が見開かれる。以前、この城にいた時のマークは至極無邪気に彼へ接していたから、その落差に驚いているのだろうか。
(けれどそれを、あなたが嘆く資格なんてない)
怒りに流されそうになる思考をどうにか平静に保とうと、血が滲むほど唇を噛み締める。この城を訪ったのは、何もこの男へ恨み積もりをぶつける為ではない。新たな人物、しかもこの国の最高位にある聖王の登場でますます身を縮こませている少年の将来を案じた、母の最期の願いを叶える為なのだから。
「……フレデリクさん、しばらく陛下と二人だけにしてもらえませんか」
「っ、マークさん、ですがそれは」
「お願いします。それと、この子のことも。慣れない場所で緊張しているようなので、話し相手になってやって欲しいんです」
「ぼ、僕は……!」
そっと小さな身体を前方へ押しやる。張り詰めた空気の中、体躯のよい、見知らぬ大人二人の視線に晒された<マーク>は可哀想なほどに狼狽した。だがこれからの話を<マーク>に聞かせるわけにはいかないのだ。なるべく冷静に話すつもりだが、怒りの衝動で我を忘れ、何を口走ってしまうか分からない。母親を失ったばかりの子どもに、長年父と信じてきた人間が実はそうではないのだと、一層混乱させる事実を知らせたくはなかった。
「すみません、<マーク>。話はすぐ終わりますから、少しだけ待っていて下さい」
<マーク>、と。
己と同じ名で少年を呼んだマークに、王も騎士も目を瞠る。だが<マーク>は彼等のそんな様子には気付かず、ただしばらくじっと父と信じる人間の目を見つめ。やがて抗議しても無駄だと悟ると、大人しく扉の脇で直立不動の姿勢で佇んだままの騎士に近付いて行った。
「フレデリクさん、お願いします」
「え、ええ……」
目の前にいる、マークという名を持つ二人の人物をしきりに見比べていたフレデリクは、近付いて来る少年とマークの呼びかけ、その両方にはっとして、流されるようにそのまま部屋を後にした。
何を考えたのだろう、あの主君に忠実な騎士は。よほど動揺していたのは、扉の閉まる音の荒さからしても間違いない。常に穏やかな態度を崩さぬ彼にしては珍しいことだ。――――そして、室内に残ったこの男も。
「マーク……今の、子ども……は」
「ああ、<マーク>のことですか。説明するまでもないでしょう? あの子は、この時代の僕。母さんが産んだ、母さんの息子です」
いつまでも棒立ちになっている男へ座るよう促しながら、質の良い長椅子へと身を沈めてあっさり答える。年格好からして、自分が孕ませた子どもだとすぐに悟るだろうと考えたマークの思惑は、しかし外れた。
マークと向かい合う形で、ふらふらと長椅子へ腰掛けたクロムは予想だにしないことを口にしたのだ。
「……そうか。やはり、あいつは結婚していたんだな」
「なんですって?」
(今、このひとは何を言ったんだ……?)
一瞬、自分の耳が信じられなかった。そして彼の発した言葉の内容を理解するやいなや、ふつふつと煮え立つような怒りが沸き上がってくる。
当初マークは、<マーク>が自分の子なのだと彼が分かったところで、畳み掛けるように母親を亡くした哀れな子どもの今後を頼むつもりだった。まさか王子として扱ってくれとは言わない。フェリアの新王ロンクーと、彼のところへ嫁いだリズの間には年の近い小さなウードもいる。そこへ何か理由を付けてやってくれてもいいし、聖都は治安がいいからどこかの学校へ入れてくれてもいい。
何にせよただの孤児よりは、この国で絶大な求心力を誇る聖王クロムの後ろ盾があった方がいい。母がひた隠しにし続けた真実は伝えぬまま、ただ男の負い目を利用して目的を達成しようとしていたのだ。それだけ――それだけだった。だというのに、このひとは!
「ふふ、ふふふ……。相変わらず、あなたは呆れるくらい盲のままですね。聖王陛下」
「なん、だと?」
ひとしきり嗤った後、マークは今にも触れれば切れそうな鋭い眼差しと声を目の前の相手へ向けた。あまりにも剣呑な色に、ひとつの世界を滅ぼした邪竜にすら臆せず立ち向かって行った男は、ほんの僅か気圧されたようだった。そこを攻め立てるように、冷えた声音で言葉を継ぐ。
「母さんは結婚なんてしませんでした。ずっと、ずっと、独り身でしたよ」
「っ?! なら、あの子どもの父親は……」
「まだ分からないんですか? イーリスを出ても、母さんは誰とも結婚しなかった。勿論、行きずりの男と関係を持ったわけでもない」
嘲るようにそう口にしながら、内心自分で自分に笑ってしまう。母が、誰か他の男に身を委ねるなどあり得ない話だ。母はずっと、クロムを、クロムだけを想っていた。ヴァルムへ渡ってからは<マーク>の為、自分と夫婦を装いはしたけれど、それでも母の心は常にこの王のものだった。
母を愛し傷付けながら、最後の最後で母の為にすべてを捨ててはくれなかった男。英雄と讃えられ玉座を温め続けたこの十年あまり、彼を守ろうと母が与えた偽りを一度も疑わなかった愚かな男の。
「……こう言えばさすがのあなたでも分かるでしょう。あの子が生まれたのは僕と母さんがイーリスを出た年の冬です。まさか、覚えがないとは言わせませんよ」
「なっ……?!」
深い藍色の瞳が驚愕に見開かれる。ようやっと、<マーク>の父親が誰か悟ったようだ。そう、通常胎児が母親の胎内に留まるのは十月ほど。そこから逆算すれば、母が<マーク>を身篭ったのはまだイーリスにいた時分ということになる。聖王の片腕として知られた母、自身も優秀な戦士であった彼女に狼藉を働くことのできる者などそうそういない。
ならば――――考えられる可能性はひとつしかない。そしてクロムにはその心当たりが十分にある筈だった。
「そんな……まさか……」
「ようやく気付きましたか? そうです。あの子の父親はあなただ。そして、あの子は確かに、イーリス聖王家の血を受け継いだ直系の王子。もっとも、あなたやルキナさんのように聖痕はありませんけどね」
僕と同じように、とは敢えて口にせず、胸中で呟くだけに留めた。<マーク>の父親が彼である以上、自分の父親もまたそうなのだろう。だがマークは決して、クロムを父と認めていなかった。自分の家族は母と、小さな<マーク>だけ。それがあの月のない夜、この男の選択に絶望し、生涯許すまいと誓ったあの日からの変わらぬ決意だ。
……少し、しゃべり過ぎたかもしれない。あまりの衝撃に呆然としているクロムを見据え、マークは努めて淡々と、用件のみを伝えようと再び口を開いた。
「ああ、でも、そんなことはどうでもいいんです。僕は何も、あの子をあなたの子として認知して欲しいだとか、そういうことを言いに来たんじゃありません。ただ、あなたに<マーク>の後見役になって頂きたいんですよ。騎士団に見習いとして置くのでも何でもいい。とにかく、あの子が将来ひとりでも生きていけるように。その為の術を、身に付けさせてやって欲しいんです」
「……ひとりで?」
マークの淡々としていながらも口を挟ませぬ物言いに、呑まれたようになっていたクロムだが、マークが語る言葉の端に引っかかりを覚えたらしい。問うように言葉尻を上げて聞き返され、何故その察しの良さを別のところで発揮してくれなかったのかと、また怒りに理性が押しのけられそうになるのを必死に堪えようとする。
「ええ。母さんは亡くなりました。ついこの間、ね。そうでなければ、僕があなたの前に姿を表わす筈がないでしょう? 僕は昔、あなたに言った筈だ。あなたが母さんよりもこの国を、聖王の座を選んだなら、たとえ地の涯まででも母さんを連れて逃げると」
強い感情を押し殺そうとした結果、平坦になった声でそう告げると、クロムの相貌からはすべての表情が消え失せた。落ち着かなさげにしきりと組み替えられていた指先は膝の上に投げ出され、午後の強い日差しが窓から差し込んでまともに顔に当たっていたが、それを眩しいと感じる感覚さえ麻痺してしまったようだ。
これで三度、そして永遠に彼は母を喪った。
だがその悲哀を、哀切を慮ってやるつもりはない。彼には母の死を嘆く資格など欠片もありはしないのだから。
喪いたくなかったのなら、あの時すべてと引き換えにしても母を選んでくれればよかったのだ。
今更どうしようもないことを思いながら、マークは立ち上がる。もうすべてが手遅れだ。彼は恋情よりも国を、民を優先させることができただけなのだ。王としての鑑ではないか。後世の歴史書は偉大な聖王を手放しで褒め称えるだろう。その裏で、犠牲になったものを何も語らずに。
もはやこの王にマーク自身は何も求めない。だが母の最後の願いだけは、どうあっても叶えてもらわなくては。
「……<マーク>を頼みます。あなたはもう、あの子にとって唯一の肉親なんですから。けれど、絶対にあの子にはそれを伝えないで下さい。僕はあなたに、それ以上を望みません」
「っ、待ってくれ、マーク!!」
話は終わったとばかりに扉へと向かって歩き出そうとしたマークだったが、意外なほどに強い力で腕を掴まれ引き止められた。
「何ですか? 僕にはもう、あなたと話すことなんてありませんが」
「俺にはある! あの子どもが俺の子だというなら、お前も、お前も俺の……!」
「馬鹿なことを言わないで下さい。僕の家族は、母さんと<マーク>だけです。母さんのことを選ばなかったあなたは、あの日約束の場所へ来なかったあなたは僕の家族なんかじゃないっ!」
始めは冷たく、最後は血を吐くように叫んで、腕に掛かった手をもぎ放そうとするが、そうはさせまいとますます握る力を強くするクロムと揉み合いになる。
どうして。どうして。
逃れようと躍起になりながら、一向に揺るがぬ彼の力にマークは泣きたくなった。
未だ未来の世界での記憶は完全に戻らずにいる。だから、絶望の、と未来から来た皆が形容する世界で、自分は父親が誰か知っていたのか、未来のクロムが自分を息子だと知っていたのかは分からない。
ただ、今よりもう少しだけ齢を重ねた彼が優しく微笑んで、頭を撫でてくれた光景がぼんやりと浮かぶだけ。それすら思い出せない前も、大らかで人を疑うことを知らない――何しろ未来から来たという成長した自分の娘のルキナだけでなく、他の仲間の子どもたちもあっさり信じて軍へ迎え入れてしまった――彼に、何処か慕わしさを感じていて。
始めから、彼が母を妃として迎え入れてくれていればよかった。そうすれば母は聖王の、名実ともに半身として過ごし幸せだっただろうし、素直に彼を父と呼べたのに。……彼女を、姉として純粋に慕えたのに。
「離して下さいっ!! あなたと僕はもう何の関係もない、赤の他人だ!」
「マークっ! お前には責められても仕方ないことをした。だが、せめてこれだけは教えてくれ! あいつは、しあわせだったのか……?!」
ぴたり、と。必死にクロムの拘束から逃れようとしていたマークの動きが止まった。それをどう受け取ったのか分からないが、縋るように、懇願するように同じ色合いの青い瞳を間近で覗き込んで今度は囁くように、クロムは告げた。
「愛してもいない男の子を産んで……育てて……。それで、ルフレは……しあわせ、だったのか……?」
(ああ……このひとは、まだ気が付いていないのか……)
そう思った瞬間、ふつりと何かが切れた気がした。
「母さんが、しあわせだったか、ですか」
こちらを覗き込む青い瞳、鏡で自分を見た時と同じ色合い、そこに映る自分の姿を見返しながら、冷たく冷たく、フェリアの凍てつく冬の風のように冷えた声音で言葉を紡ぐ。
懐に収めたものが強くその存在を主張しているように感じた。自分は今、許されないことをしようとしているのかもしれない。
母が生涯ひた隠しにし続けた秘密。出逢った時からずっと、変わらず彼女の王を想い続けていたこと。けれど己の素性への不安故に、恋情を押し隠し軍師としての仮面を被り続けたこと。
それをつまびらかにすることを母は望んでいなかった。だがもう抑えられない。もう、この王の愚かで見当違いな囀りを聞いていられない。
懐からあるものを取り出したマークは、それをそのまま目の前の男へと突き付けた。
「……この耳飾りに、見覚えはありますか。聖王陛下」
「それ、は……。それをどこで……?!」
男の反応は迅速だった。たちまち元々青ざめていた顔が更に色を失い、信じられないといった風にゆるゆると頭が振られる。痛いほどだった腕の力はいつの間にか緩んでいた。マークは少し距離を置くと嘲るような笑みで口元を歪める。
マークの手にあるのは青い石が付いた耳飾りだ。ただ耳飾りとは言っても高級品ではない。露店で売っているようなやや作りが甘いものだ。歳月の経過で台座の部分はもう大分くすんでいるし、青い石には細かな傷が付いてしまっている。
けれどこれは、母がイーリスから持ち出した数少ない荷物の内のひとつなのだ。おそらく目の前の男からかつて贈られたものなのだろうと推測していたが、どうやら当たりだったらしい。
愕然とするクロムの手のひらへそれを無理矢理握らせて、マークは笑みを深めた。ただし凍てつく吹雪のように冷たい笑みだったが。
「それは、母さんがずっと大切に大切に持っていたものなんですよ。僕も最近まで知らなかったんですけどね……。ああ、理由が分かりませんか? そうですね。母さんの嘘に今まで気付かなかったあなただ。母さんがどんな気持ちでこの耳飾りを大切にしていたのか、どうしてイーリスを出たのか、ちっとも分からないんでしょうね」
「ルフレの、うそ?」
「そう、嘘です。正確に母さんがあなたに何と言ったのか、僕は知りません。でもおそらく、あなたを愛していないと――――あなたを仕えるべき相手としか見ていないと、そう言ったんじゃありませんか?」
大きく震えた身体に、自分の推測が的を射ていると確信を新たにする。イーリスを出る前の母は、明らかにクロムに対し明確な一線を引いていた。呼び掛けもクロムさん、と親しげなものから陛下、と慇懃なものへと変えて。
母へそうさせるだけの何かが、あの冬の頃にあったのだ。そしてその後の事態を鑑みれば、何があったのかは自ずと知れる。
「……当たり、ですか。それであなたは、母のその言葉を少しも疑わなかったんですね」
「……っ、あいつが! ルフレがそう言ったんだ!! 他に何をどう信じろと言うんだ?!」
「なら聞きましょう。あなたは、母が王妃様を押しのけて平然と愛妾に収まれるような女性だと思うんですか? 既に妻も娘もいる男に愛を告げられて、躊躇いなく受け入れられるような女性だと?」
抜き身の刃の代わりに鋭い言葉で斬り付けてマークはまた嗤った。ぐ、と返答に詰まる男に、ずっと前、まだヴァルムとの戦いの最中に母がクロムを呆れるほど真っ直ぐだと評したのを思い出す。それは軍主の決して好ましいばかりではない気質を、仕方ないと諦めたような調子でもあったが、彼への隠しきれない愛おしさも滲み出ていた。
確かに、この王はどこまでも疑うことを知らないのだ。それが半身とも呼び合った軍師の言葉であれば尚更だろう。だが、だからこそ腹立たしい。
「母さんが何故、そんな安物の耳飾りをわざわざイーリスから持ち出して、後生大事に持っていたか分かりますか? あなたから贈られたものだからですよ。……あなたを、愛していたからだ」
ことりと音を立てて、クロムの手から青い石が零れ落ちる。だがそれにすら気付かぬクロムは一度小さく喘いで、それきり絶句した。それでもマークは止まらなかった。止まれなかった。堰が決壊したかのように次々と溢れ出す真実をそのまま滔々と語り続ける。
「僕が以前手紙に書いた、母さんがイーリスを出た理由。あれも嘘です。あなたの傍にあれ以上母さんを置いておけないと思ったのは本当ですが。……母さんは、あなたの子を身篭ってひどく怯えていました。自分とお腹の子の存在が、あなたに害をもたらすことになるのではないかと。なにせ、あなたはもう跡取りがいるのだから側室はいらないと、貴族達の申し出を突っぱね続けていましたしね。それなのに、貴族でも、イーリス人ですらない母さんを寵愛して子どもまで孕ませたとなれば大変ですよ。だから、戦後の混乱からようやく立ち直りかけていたイーリスの内政に波風を立てぬよう、あなたの立場を悪化させぬよう母さんはイーリスを離れたんだ」
「……うそだ……」
「もっと言いましょうか? あなたがガイアさんとティアモさんをペレジアまで寄越した時。まだあなたが自分を諦めていないのだと知って、母さんは逃げようとしながら――それでも心の奥底であなたを求めていた。あなたに会いたがっていた。口にこそ出しませんでしたが、だから僕はあの手紙を書いたんです」
「うそだ、うそだうそだうそだっ!!!」
喚く。叫ぶ。癖のある青い髪を掻きむしる。これ以上聞きたくないとばかりに両耳を覆い膝をつくクロムを冷えた眼差しで見下ろしながら、真実を語り終えたマークは静かに静かに囁く。
「嘘だと思うならそれでもいいです。嘘を本当だと見誤り続けたあなたにはそれが似合いだ。……僕が語った真実を偽りだと断じて、いつまでも玉座を温め続けていればいい。母さんを捨てて選んだ王の座を」
言い捨てて今度こそ踵を返し扉へと向かう。クロムはまだ掠れた声で「違う、俺は……」や、「……うそ、だ。あいつが、俺を……」と呟いていたがほとんどは嗚咽に紛れて意味を成さなかった。
泣いているのだろうか。けれどそれすら、もうどうでもいい。一刻も早くここを出よう。そしてクロムにも<マーク>にも二度と会わない。腕はなまっていないから、商人や旅人の護衛でもして路銀を稼ぎ、ふらふらとあてのない放浪の旅を続けて行くのがいい。
そんなことを思いながらマークは重たい真鍮の把手に手を掛けた。
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