国を興した初代聖王から最後まで、神竜の加護を受けたイーリス聖王国の歴史には国を導いた数多の聖王が登場する。歴代の王たちの中でも、史書で最も多くの記述を割かれているのはやはり初代の聖王だが、次に多いのが聖王クロムである。
彼は初代から約千年後、再び甦った邪竜を永遠に滅した英雄として『偉大なる聖王』と後に呼ばれた。
しかし史書では語られなかったとある数年間、聖王が精神的にひどく不安定な状態にあったことは、当時王城に勤めていた者の手記などを読めばすぐに知れることである。同時期に彼の軍師であった女性がイーリスを出奔しているのだが……これらの関係性は未だ明らかにされていない。
だがそれもある時期を境にぴたりと収まり、以降は国を愛し、民を愛し、また家族を慈しんで、まさに理想的な王として三十年近い治世、聖王国に君臨した。
彼の子は、後に王位を継いだ王女ルキナのみであったとされるが、聖王から家族の一員とほとんど同様の扱いをされた人物がもう一人いる。
彼の名はマーク。若き名宰相として聖王クロムの治世の後半を支えた彼の素性は、実はほとんど不明のままである。両親の名も、どこでその類稀なる知識を身に付けたのか、来歴すら分かっていない。宰相という地位にある者なら手記や日記を遺しているのが普通だが、これまでそれらしきものは発見されていないのである。
いつの日か、彼に纏わるすべての謎を明らかにすることを夢見る歴史学者もまた多い。
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ここでまた、時の針を再び後の宰相マークがイーリス城に初めて現れた日まで戻すとしよう。史書では決して語られぬ物語。王であることを選んだ偉大な英雄の、歴史の裏に隠された真実を。
青年が突き付けるのは断罪。王の選択の裏で踏みにじられたひとりの女性の幸福。
時が来た。
薔薇の茂みの下の暗がりに隠された秘密が白日の下に晒される時が――――――――――。
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