浮かび上がるように意識が覚醒して、始めにクロムが感じたのは目を閉じていても分かる眩しい日差し。それに柔らかな草の感触と青々とした緑の匂いだった。
久しく感じることのなかったそれらに戸惑っていると、ふいに眩しさが和らぐ。かさりと音が鳴った。どうやら、誰かがクロムを覗き込んでいるらしい。これがならず者や野党の類であったなら大事だ。そう思うのに、彼の意識は少しもその気配を危険だと認識しない。
妹のリズだろうか。だが彼女はもうフェリアに嫁いで随分と経つ。ならば娘のルキナか、と考えてそれも違うと思い直す。纏う空気がまったく違うのだ。聖痕の所為なのか、彼女の気配は分かりやすい。フレデリクやマークでもない。耳に届いた草を踏みしめる音は軽く、男のものではなかった。
ならばあと自分が警戒しない人物、近しい人物と言えば誰だろう、とぼんやり考えながらゆっくりと重い目蓋を持ち上げ――――――クロムは息を呑む。
「もう、クロムさん、こんなところで寝てると風邪ひいちゃいますよ?」
ルフレだ。ルフレが、いた。
記憶の中の彼女と寸分違わぬ姿で、声で、ルフレはいつかの日の役割を逆にしたように、悪戯っぽい笑みを浮かべてクロムを見下ろしている。
永遠に失ってしまったと思った彼女。その、笑顔。
「どうしたんですか、ぼーっとして。大丈夫ですか、立てます?」
声も出せずにいると、笑みの中に少し案じげな色が宿った。
ああ、これは夢なのか。それとも幻なのだろうか。
だがクロムにとってはどちらでもよかった。
目に痛いほどの蒼穹。
その青を背景に、かつて反対の立場だった自分がしたように、やさしい微笑みと共に白くたおやかな手が差し伸べられる。
クロムはそこへ迷わず手を伸ばす。
三度失ったものを今度こそ離すまいと、手を伸ばす。
手を、伸ばす――――――――――。
※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます