応接間に通されると、何はともあれまずは腹ごしらえだ、と言わんばかりに、テーブルにはどどん! という効果音まで付きそうな勢いで次々お茶菓子や軽食が並べられた。ちょっとしたバイキング並みの量である。
そんなに食べられません、と恐縮するルフレに、日持ちするものばかりだから、食べきれなかった分は持ち帰ってくださいな、とにこにこ微笑まれれば重ねて辞退するのも申し訳なく、空腹に耐えかねていたこともあっていただきます、とありがたくアップルパイへ手を伸ばした。
「——っ! 美味しい……」
「あらあら、お口にあってようございました。エリス様もね、私が拵えたアップルパイが一番お好きだったんですよ」
カットされたものをお皿に取り、フォークで切り分けて一口目を口に運ぶと、サクッとしたパイ生地の次に、濃厚なカスタードと甘酸っぱい林檎の絶妙なハーモニーが広がって、思わず食べている途中なのに感想が漏れてしまった。
ちょうど紅茶を淹れてきてくれたティティが、それを聞いて相好を崩す。するとややタレ目気味の黒い瞳が細まって、さらに優しい印象になった。
そういえば母が、アップルパイを自分で作る度に、やっぱり違うわ、とどこかしょんぼりしていたのを思い出す。
あれはきっと、この味と比べていたのだ。母が作ったものも、ちょっと焼き過ぎなところも含めて大好きだったけれど、確かにティティ作のアップルパイには敵わない。
無言になって食べるスピードを早めたルフレを、ティティはしばらく懐かしそうに眺めていた。
やがて二切れ目のアップルパイを平らげる頃には途中で中座していたインバースも戻ってきて、慣れているのかテーブルの上に所狭しと並ぶお皿に驚くこともなく、遅い昼食兼お茶の時間に合流した。
お客様と同席するなんて、と恐縮するティティを説き伏せて座らせると、世間話の呈で若かりし頃の母の話にうまく話題を誘導してくれる。
ティティは元々、母が引き取られた屋敷で働いていた使用人だそうで、『お屋敷の旦那様やご家族様』の前には到底上がれない、使用人の中でも底辺の存在だったという。
けれど家の中に居場所がなかった幼い母が、屋敷内の人気がない場所で、亡くなった自分の家族を恋しがって泣いているところをティティが見つけ、放って置けなくて声をかけたところから、二人の密かな交流が始まったらしい。
ティティはお嬢様に対して不敬だと思いつつも、母のことを娘のように感じ、何かと気にかけてくれた。
もちろん一使用人では限界があるが、厨房で自分が作った料理やお菓子をこっそり取っておいてくれたり、話し相手になったり、色々と相談に乗ってくれたりしたそうだ。
「————エリス様がいなくなられてしまわれてから、旦那様が私と同僚のことを、この別邸を管理する使用人として引き抜いてくださったのです。エリスお嬢様の残していかれた品々を、管理してほしいと仰って。旦那様もお仕事の合間を縫ってはこちらにお見えになって、それらの品々を手に取られては、一向に見つからないエリス様を案じていらっしゃいました。まさか、エリス様が亡くなっておられたなんて……。ああ、でもお嬢様の存在が、きっと旦那様のお心をお慰めするでしょう」
涙ぐみながら、深い慈しみを込めた眼差しで見つめられ、つられて泣きそうになってしまう。
父以外にも、母にとって温かな思い出を共有していた人がいた、というのはルフレにとっても救いだった。
心がじんわり温もる気がして、紅茶のカップをソーサーに戻しながらほう、と息を吐いたところで、しんみりした空気を変えるように、インバースがぱんぱん、と手を叩く。
「それじゃ、腹ペコなお嬢様のお腹も満たされたところでぇ、」
「い、インバースさんっ」
「何よぉ、別に嘘は言ってないでしょ。ティティさん、そろそろ例の部屋に案内してあげてくれる?」
「かしこまりました。さあ、ルフレお嬢様、こちらへどうぞ」
お嬢様なんて呼ばれる柄じゃない、と言っても聞き入れてくれず、後片付けの手伝いを申し出ても笑顔でお断りされ、渋々ティティについて行くことになった。
一緒に立ち上がったインバースも同行するのかと思いきや、「また後で迎えに来るわぁ」と色っぽく髪を払うと、モデルのように颯爽と歩き去って行く。
残されたルフレが案内されたのは、玄関ホールにある広々とした階段を上がった先、二階の書斎らしき部屋だった。
大きな窓のある室内は、通常ならば燦々と日差しが入り込んで明るいのだろうが、今は遮光機能があるらしい、濃い色味のカーテンが引かれていて少し薄暗い。
「こちらの部屋に、エリス様が本邸にいらした頃の品々を保管しております。太陽の光は劣化を早めるとのことで、普段はこうしてカーテンを閉めて、ガラス扉のキャビネットに。今、鍵をお開けしますから、どうぞ時間を気にせずご覧になってくださいな」
「あ、ありがとうございます……」
ぎっしり本が詰め込まれた壁面本棚の、間のスペースに設置されているキャビネットには、部屋で一番の貴重品であるかのように本やアルバム、細々とした身の回りの品々が丁寧に収められていた。
ティティは鍵を開けてくれた後、ごゆっくり、と階下へ戻ってしまったので、ひとり残されたルフレは恐る恐るそれらの品へ手を伸ばした。
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