拝啓母さま、お元気ですか。
ルフレはちょっと、今日一日で母さまのことがよく分からなくなりました————。
そんな書き出しで始まる手紙を思わず脳内で書き綴ってしまうほど、今日何度目かの衝撃に支配されていたルフレは、からん、と床に何かが転がるような音で我に帰った。
「まあ……! エリス様?!」
車内にいたはずなのに、いつの間にか今住んでいるアパート全体より広そうな玄関ホールに移動している。
そこには白髪をきっちりお団子にまとめて、白いエプロンを付けた小柄な老婦人が、幽霊でも見たような様子で呆然と立ち尽くしていた。
床には箒が転がっており、どうやら掃除をしていたらしいのだが、箒が手元を離れたことも気付いていないようだった。
エリス様、と母の名を呼んだことからして、昔の母を知っているのは間違いなさそうなのだが……。
「驚きすぎよぉ、ティティさん。連絡しておいたでしょ、社長の娘さん。案内してあげて」
「まあ……失礼いたしました。あんまりエリス様に似ていらっしゃるので……」
老婦人の名は、ティティというらしい。ルフレが何か言うより先にインバースが対応を引き受けてくれた。
いつの間に連絡したのかは不明だが、ルフレが来ることは予め知らせてあったようだ。それでも驚かれたので、よほど昔の母に似ているのだろう。
娘だと説明された今も、まるで思い出の中の人が時を超えて眼前に現れたような、夢を見ているような様子だ。
「あの……ルフレと申します。よろ————」
————ぐぐぅ。
きちんと挨拶をしようと、頭を下げかけたルフレを、お腹の虫が盛大に鳴いて遮った。……そういえば、お昼をまだ食べていなかったのだ。
ぶはっ、と豪快にインバースが噴き出す。ツボに入ったのか笑い上戸なのか、そのまま笑い続けている彼女を睨みつける余裕もなく、ルフレは恥ずかしくてひたすら小さくなるしかなかった。
「す、すみません……っ」
「まあまあまあ、謝るのは私の方ですよ。こんなところでお客様を立たせっぱなしで。さあ、こちらへどうぞ。お嬢様がいらっしゃるというので、アップルパイを拵えたんです。お茶もお出ししますからたんと召し上がってくださいな」
……穴があったら入りたい。ルフレが居た堪れない気持ちでいる一方で、ティティと呼ばれた老婦人はそれで我に返ったらしかった。
床に転がった箒を意外な機敏さで掴み上げると、テキパキとルフレを先導する。
どうも土足で上がっていいようなので、戸惑いつつ付いて行きながら、昔の母に優しくしてくれた人もいたのだと、ルフレはどこかでほっとしていた。
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