「あ……」
ぱち、と暖炉の薪が爆ぜる小さな音と、切ない胸の痛みで、ルフレの意識はぼんやりと浮上した。
一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、既に見慣れた天井や慣れ親しんだ感触の寝具で、クロムの屋敷に用意された自分の寝室にいるのだと理解する。
窓から冬らしい希薄で澄んだ朝日が差し込んでいても、部屋の空気はまだ十分に暖まっていなかった。おそらく侍女のユーラが暖炉に火を入れてくれてから、さほど時間が経っていないのだろう。
ということは、普段彼女が朝の体調確認と、身支度の手伝いのために来てくれるよりだいぶ早い。
(また……昔の夢を、見たみたいですね……)
この屋敷で目覚めてからこちら、クロムが手配してくれる医師が処方する薬や、ユーラの看病の甲斐あって、ルフレの具合は本当に少しずつではあるものの、快方に向かっている。
ただ、大怪我で死線を彷徨ったという身体はそう簡単には元の状態に戻らず、何よりも休息を必要としていた。
そのため、冬の寒さもあって朝はかなり陽が高く昇ってからでないと覚醒しないのだ。
なのに時折、誰かに揺り起こされたわけでもないのに何故か目が覚めてしまうことがある。ちょうど今のように。
心が弾むような、けれど切ないような、愛おしくて堪らないような、ひとつの言葉では形容し難い感情が、胸にこびりついたまま。
それをルフレは、記憶をなくす前のことを、夢という形で追想していたのではと推測していた。
もっとも、詳細はまったく分からない。夢の輪郭すらほどけて曖昧で、本当に微かな、薄霞のような気配だけが残るばかり。けれど。
(今日は……何だか、いつもより……)
何かを訴えるようにつきん、と痛む胸を押さえ、寝台の上で横になったまま部屋の中へ視線を巡らす。
数は少ないながらもよく手入れされ、大切に使い続けてこられたのだろう家具たち。薔薇と蔦が上品にあしらわれた壁紙、繊細なレースのカーテン、精緻な刺繍がびっしりと施された上質な寝具類。
クロムの屋敷に用意されたこの部屋と、窓に切り取られた空だけが、今知るルフレの世界のすべてだ。
衣類も身支度に使う細々とした品々も、皆真新しい。すべてクロムが、恋人であるルフレのために揃えてくれたもの。今までは負担を掛けて申し訳なく思いこそすれ、それ以上のことには考えが及ばなかったけれど……。
「事故に遭う前……私が持っていた荷物、どうなったんでしょうか……?」
寝起きで掠れた声の呟きが自分の耳に届いて、はっとする。
事故は、クロムの屋敷へ向かう途中で起きたという。普通、恋人のところへ手ぶらでは逢いに行かないだろう。
それに、話を聞いたところでは、そのまま彼の屋敷で泊まることになっていたらしい。ならば、滞在するための荷物を持っていたに違いない。
その荷物を見ればたちまち昔のことを思い出せる、なんて都合のいい事態はそうそう起こらないだろうが。でも、早く記憶を取り戻したいと願うなら、どんな些細な手掛かりでも縋ってみるべきだ。
なのに、そんな簡単なことに今まで思い至らなかったなんて。
こうして意識が戻ってからも、ずっと微熱が続いている所為だろうか。
「ユーラに、聞いてみないと……」
これまで、誰かに目隠しをされていたようにまったく意識に上らなかったのに、一度気付いてしまうともう駄目だった。
何か、予感がする。胸が騒ぐ。
自分は、『それ』を見つけないといけない———。
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