夫婦になるまで7 - 2/7

『明日、この家を出ていくことに決めた。バジーリオに相談して、無事赤ちゃんが生まれるまでは好意に甘えることにしたので、明日はとにかく彼との約束の場所までたどり着くことだけを考えないと。
 ……結局ファウダー兄さまに何も説明できないまま出て行くことになってしまった。ティティに事情を話すか、手紙を託すことも考えたけど、彼女にも自分の生活がある。万一勘付かれて問い詰められでもしたらと思うと、彼女が職を失う危険に晒すことはできない。
 ティティに会えなくなるのは寂しいし、兄さまと離れるのはもっと辛い。でも私にはこの子がいる。心配なのはむしろ兄さまの方。自分たちの権力と利益を守ることしか考えていない、冷たいあの人たちは、兄さまと血は繋がっていても『家族』じゃない。
 兄さまは元々気難しくて偉そうに見えるから誤解されやすい人だし、実際不器用だし皮肉ばっかり、人の気持ちを察することが苦手で、なのに地位とお金と権力はある。悪い女に引っかかって、不幸になる男の典型だ。
 縁談相手のお嬢様が、鉄面皮でそっけない兄さまを誤解しない人だといいけれど……嗚呼、いいえ、これは半分嘘。本当は私が兄さまとこの子と三人で、新しい家族を作りたかった。
 けれど何の力もない私には、どちらかしか選べない。赤ちゃんを諦めてファウダー兄さまが他の女にかっ攫われないよう孤軍奮闘するか、兄さまをひとりこの家に残して赤ちゃんを守るか。
 もっと上手く立ち回るんだったと後悔しても遅い。ならば自分自身の心に従うしかないと、何度心に尋ねても答えは同じ。
 大好きな人の赤ちゃんを、今ここで確かに息づいている命を、諦めるなんてできない。
 父親を知らない子にしてしまうことは胸が痛むけれど、その分私が何倍も愛してあげよう。
 生きていくためのたくさんの知識を与えてあげよう。本だけじゃなくて外にも連れ出して、世界には素敵なものがたくさんあると教えてあげる。
 優しい子になるように、賢い子になるように、毅い子になるように。
 この子もいつか、私のように誰かへ恋をする日がきっとくるはず。だからその時、自分の手で好きなひととの幸せを掴み取れるようにしてあげたい。
 バジーリオには俺が父親になってやろうか、なんていつもの冗談の延長を言われたけど、大丈夫。私はこの子の母親だもの、ひとりでもきっと何とかなる。……ううん、ひとりじゃない、この子もいるから二人ね。
 何事もなく、元気で生まれてきてくれますように。
 ……もう夜も遅い。明日に備えて早く休まなくては。でも、あと少しだけ。
 きっとこの日記は、箱と一緒に捨てられてしまうだろう。それでも最後に書かずにはいられない。
 ファウダー兄さま。愛情を知らずに育ったあなたを、またこの冷たい家に残していく私を許してください。
 お仕事が忙しくても、ちゃんと寝て、しっかりご飯を食べて、お休みの日にまで仕事をしないこと。
 ただでさえ顔が怖いんだから、笑顔の練習でもすればいいと思います。……いいえ、やっぱり駄目。兄さまが笑おうと意識した笑顔は却って怖いから、せめてその圧迫面接の面接官みたいな詰問口調を直せば、少しはマシになるんじゃないかしら。
 ……いいえ、いいえ、最後なんだから言いたいのは、伝えたいのはこんなことじゃない。兄さま、あなたに残していく言葉があるとすれば、それは。
 
 ————ずっとずっと愛しています』
 
 

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