「……くろ、むさ……ま、って……待って、ください……っ」
拘束は強くとも左腕は何とか動かせるので、本気で抵抗して、拒もうと思えばできなくはない力加減だ。
でもそれをしてしまっていいのか。口付けられた所から広がる甘い痺れに次第に頭がぼうっとして、ものが上手く考えられなくなっていく中でも、強い躊躇いがあった。
今のクロムを突き放すことは、溺れかかってがむしゃらに助けを求めている人を、無慈悲に突き放す行いのように思えてならない。
彼は、何かをひどく怖がっている。
そんな言葉がまた、頭の中で不穏な響きを伴って鈍く反響した。
「きゃっ……」
強く抵抗することもできず、ほとんどされるがままになっていると、急に拘束が緩んだかと思えば浮遊感に襲われた。
やはり傷に障らぬようにか、行為の強引さとは裏腹の繊細な手付きでルフレは寝台に縫い留められていた。
すぐにクロムが覆いかぶさるようにしてきて、今度は胸元に火傷したような熱。
「っ、く、クロムさん……!」
熱い唇が触れたのは、下着しか身に着けていないルフレの胸の縁だ。いつの間にか羽織っていたショールが外れてしまっている。ルフレの感覚では、ほとんど全裸と変わらない。
かあっと、より強い羞恥が燃えるような熱となって全身を火照らせる。
ルフレは困惑し、同時に混乱していた。普段訪れない日中に突然姿を見せたクロムは、恋人同士のこうした行為につきものだろう甘い睦言もなしで、何かの強迫観念に駆られたように所有の印を刻む。
彼の行為自体は、自分たちの関係性を考えればそうおかしなことではなかったが、状況を考えると違和感だらけだ。
「…………お前が、」
突然現れた恋人の意図が分からず、何もできないでいるルフレの耳元で、掠れた弱々しい声音でクロムが囁きを落とした。
「お前が、俺がこんなことをしても拒絶しないのは…………俺が、お前の恋人だと……そう、言ったからか…………?」
(え……?)
縋り付くような声。今日始めて発されたクロムの言葉を、すぐに理解できない。今、彼は何と言ったのだろう? まるで……まるで、それでは。
「……くろむ、さん?」
ルフレの上に伸し掛かるクロムの青い瞳に射竦められながら、乾いた唇は呆然と恋しい人の名を紡ぐ。
冗談だと、いつものように優しい、陽だまりに似たあの笑顔を見せてほしいのに。月が綺麗な日の夜空みたいだと密かに思っていた瞳は、終わりのない昏い深淵を覗き込んでしまったように光が見えない。
――――俺のことも、自分のことも分からない? そう、か……。心配するな。お前の名はルフレで、俺はクロム。……お前の、恋人だ。何も不安に思わなくていい。俺が、側にいる。
怪我の痛みと熱で朦朧とする中目覚め、自分がどこの誰なのかも分からず途方に暮れるルフレの手を取り、クロムはそう言って優しく笑いかけてくれた。
それがどれだけ、己の存在さえ不確かで不安で怖くて堪らなかったルフレを救ってくれたか、彼は知らないだろう。
ひと目見て、胸が詰まって苦しいほどの愛おしさと、切なさが溢れたのはだからなのだと……そう、思ったのに。
(どう、して……そんな…こと……)
……箱庭が、軋む音がする。
――――おもいだして。
――――おもいださないで。
――――このひとのそばにいては、いけないの……。
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