違和感を感じることがあっても、クロムと過ごす時間はとても楽しい。ずっと前からそうしていたような気がして、既に彼が側にいることを当たり前に受け入れている自分がいる。
けれど楽しい時間は、遠いソンシンにしか咲かないという春の花の盛りより、過ぎ去るのが早いもので。あっという間に、そろそろ休めと言われる時間が来てしまった。
クロムは仕事のためまた都に戻らなくてはならないから、長く引き止めることはできないし、ずっと起きていられるほどルフレの体力も戻っていない。
だから仕方ないのだけれど、部屋にひとり残されるのが寂しくて、つい見送る声にも力がなくなるのが分かった。
「……あまり、そんな顔をするな。離れたくなくなる」
苦笑したクロムが、ルフレの頬を大きな手で包み込む。そのまま、宥めるように何度か撫ぜられた。
優しい、優しい眼差し。穏やかな深い藍色に、吸い込まれそうになる。
彼にこうして触れられるのは気恥ずかしいが嫌ではない。それどころかとても心地良い。ということは、少なくとも記憶を失う前の自分も、クロムに触れられるのは嫌ではなかったということだ。……きっと、その筈、なのに。
「ルフレ……」
思わず赤面してしまうくらい熱っぽく、名を呼ばれて。ゆるゆると、彼の整った男らしい顔立ちが近付いて来る。頬に触れていた指先が動いて唇をなぞり上げた。何かが背筋をぞくりと走り抜ける。
多分、このままルフレが拒まなければ。彼の唇は、自分のそれに優しく重ねられるだろう。
恋人同士ならば当たり前の触れ合い。彼の言うことが本当なら拒絶する理由なんてないし、心に問い掛けても嫌とは返ってこない。
クロムは優しく、けれど無視できない熱情を瞳に宿して、ルフレを見つめている。その熱に、すべて委ねてしまいたくなる。でも――――。
「……っ!」
ずきりと、胸を刺す棘がまるでルフレを咎めるようにひときわ強く痛んだので、思わず俯いてしまった。
「……やはり、まだ嫌か?」
「違います……っ。嫌じゃ、嫌じゃないんです。でも……」
ふるふると首を振る。今、クロムはどんな顔をしているのだろう。顔が上げられない。
嫌では、ない。本当に、嫌ではないのだ。なのに、駄目、とどこかで誰かが叫んでいる。でも、何が駄目……なのだろう?
自分の心なのに、自分自身でさえ分からない。涙さえ滲んてきてしまったルフレの背をあやすように撫ぜてくれるクロムの手は変わらず優しくて。
ルフレは胸が苦しくて苦しくてどうしようもなくて、ずっとごめんなさい、ごめんなさいと恋人に謝り続けていた。
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