Under the Rose おまけ色々

第二部連載開始前予告


 

「――――ああ……イーリスは今、薔薇の季節でしたっけ」

 ***

 イーリス聖王国の史書を紐解くと、その建国より滅亡までの間に二度、邪なる竜によって国が乱れた時期がある。
 一度目は建国期。
 遙かなる神話の時代、邪竜メディウスを討ち倒した英雄王マルスと同じく、神竜の加護を得た神剣によりて邪竜ギムレーを封じたのは初代聖王。彼はその功績により国を興すことを許され、神竜ナーガの永久なる恩寵を賜らんと彼の国にイーリス聖王国と名付けた。
 それから時は流れ千年後。
 再び蘇ったギムレーを、封印するのではなく永遠に消滅させた稀有なる二人の英雄がいた。
 ナーガの聖痕を受け継ぐ王子クロム。
 そして、彼に仕えた軍師ルフレ。
 後に聖王の位を継ぎ、偉大なる王と讃えられたクロムと異なり、戦後しばらくすると彼女――ルフレの足跡を窺い知ることはできなくなる。……幾度かの例外を除いては。

 物語はその例外の内のひとつ、聖王クロムの治世の後半を語る上で重要な役割を果たすとある人物がイーリス城の城門を叩くところから始まる。

 ***

 幼い頃、少年には母がいた。父がいた。優しい二人に囲まれ彼は幸せだった。世界に絶望などないと思っていた。
「……っ、なんなんだよ? なんで母さんとお別れもさせてくれないままこんな国に来なくちゃならないんだよ、父さん?!」

 呪い師の娘は目の前の男を睨みつける。男はこの国を統べる王であり、彼女は王に仕える家臣の妻であった。不敬罪に問われかねない態度である。だがそうせずにはいられなかった。王が狂おしいまでに求める彼女の友人の為に。
「……なら聞くわ。あなたは……ルフレの何? 家族? 恋人? ……いいえ、違うわね。あなたには奥さんと可愛い娘がいるんですもの……。ひとりだけ幸せになって。そんなあなたにルフレを束縛する権利がある?」

 女は復興への道を歩む故郷で人知れず王の子を生んだ。何より恐れていた聖なる印は赤子の身体のどこにもなく、安堵の息を吐く女はふと大事なことに気付く。
「名前はどうしましょうか……」
「それはもちろんマークですよ。だってこの子は僕なんですから。……あ、見て下さい母さん! マークが僕のことを見て笑いましたよ!」

 
 
 二人の王女は憂う。父の変容を。嘆き続ける母を。そして脳裏に浮かぶのは……ひとりの青年の面影。
「<ルキナ>、どうして……お父様とお話しないのですか?」
「だって……おとうさま、こわい……。まえにけがしてあばれてたよはんみたいです……」

 仮初の平穏は隣国からの来訪者によって唐突に破られる。王の密命を帯びてペレジアに降り立った赤髪の天馬騎士は、友人によく似た魔法兵団を束ねる才女と対峙する。
「この館に我がイーリスの軍師殿が滞在されていることはもう分かっています。いい加減しらを切るのはやめて頂けますか、ペレジア魔法兵団長閣下」
「あらあら、困りましたわねえ。確かに、ルフレさんっていう女性の方と、マーク君っていう男の子はうちの館にお泊めしてましたけど……いつの間にかいなくなってしまったんですの。もう一週間にはなりますかしら」

「よ、久しぶり。お前達の捜索任務にあたってるのが、ティアモだけだと思ったのか? ……甘いなあ。甘すぎるぜ」
 聖王の影の臣と不本意な再会を果たす女と青年。不敵に笑う密偵に青年はとある取引を持ちかけるが……。

 騎士とは何か。王の幼き頃より側近く仕えてきた騎士団長は己に問う。主に盲従することか。彼の王の望みをすべて叶えることか。……否。今彼の主君はひとりの女への恋着故にすべてを捨て去ろうとしているのだ。騎士とは。騎士の役目とは。王に正道を歩ませることだ。いかに恨まれようと罵られようと。
「そこをどけ! フレデリク……っ!!」
「いいえ、どきません。どんなにお叱りを受けようとも、この場を退くわけにはまいりません。どうしても行くとおっしゃるのなら……私を斬ってからになさって下さい!!!」

「……やっぱり僕が間違ってました。僕はあのひとを許さない。何があっても、一生」

「……マーク……?」
「ねえ、母さん。……ヴァルムに、行きましょうか。ヴィオールさんのところでも、ソンシンでも……どこでもいいです。この大陸を離れて……母さんと、僕と、小さなマークと、三人で暮らしましょう……?」
 青年はその日を境に密やかな迷いをすべて断ち切る。王は、母よりも自分の王国を選んだのだ。たとえどんな理由があろうとも。
(あのひとは来なかった。……来なかったんだ、あのひとは)

 かつて剣姫と呼ばれた女王の国で幼子は周囲の愛情に包まれてすくすくと育つ。穏やかな日々。幸福を絵に描いたような幼少時代。そこには父がいた。母がいた。ただそれだけで幸せだった。
「とうさん、かあさん! みてみて〜さいりにおしえてもらったの!」
「こら、<マーク>。お呼びするときは陛下かサイリ様だって教えたでしょう?」
「ははは。そう目くじらを立てずともよいではないか、ルフレ殿。私ももうひとり子ができたようで嬉しいぞ」
 ……けれど。
 

「……母さん……っ、いやだ……いやです……かあさん……!」
「……どうか、恨まないで。私はしあわせだった……しあわせ、だったんです。マーク……」
 女は一度完全にこの世界から消滅し、不可思議な力によって再び生を得た。では二度目の生は? その生命の終わりは……常人と同じであるのだろうか?

 そして運命の邂逅を果たすその時、青年は何より残酷な真実を王に突き付ける。
「――――――この耳飾りに、見覚えはありますか……聖王陛下」

 ***

 これは、薔薇の茂みの暗がりの下に隠された秘密を巡る、王と、軍師の物語。
 そして……史書では決して語られることのない印を持つ王女と、隠された王子の叶えられなかった想いの話。

     ……どうか、陛下の御代にあまねく幸いが降り注ぎますように。

 under the rose ―第二部―
 近日連載開始予定
 

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