イーリスという国がある。
神竜の加護を受けし聖なる王国は、しかしその歴史の中でしばし平穏を乱され、民も国土も疲弊した。最も被害が深刻だったのは聖王クロム、聖王ルキナという親子で王位を継承した二人の王の時代。
隣国の侵攻、伝説の中の存在だった邪竜の復活と、立て続けに甚大な被害に見舞われた聖王国の復興を期待された聖王クロムは、しかし英雄として絶大な支持を集めながらある時突如姿を消す。
一説には、王子として自警団を率いていた時代から彼の軍師であったルフレという女性が、その前にイーリスを出奔しており、彼女を追ったからだとも言われている。聖王には既に妻子があり、道ならぬ恋に悩みぬいてのことだ、と。
だがそれ故に、初代聖王に次ぐ英雄として歴史に刻まれる筈だった聖王クロムの名は、史書の中では愛する女性と国を引き換えにした愚王と断じられ後世に伝えられている。
後を継いだ王女ルキナの治世の最初期は、父王の後始末に費やされた。幼い女王の即位を認めぬ勢力がとうとう武力を用い、フェリアに嫁した聖王クロムの妹の子を、新王として擁立しようとしたのである。
同国人同士の争いは当初女王派が圧倒的に不利であったが、ある一時期を境に形勢は逆転する。名も伝わっていない、素性も知れない軍師が女王に策を献じるようになると、瞬く間に反女王派を追い詰め、一年と経たずに反抗勢力は瓦解した。
ただ若い男性であった、とだけ記録に残されているその軍師は、常にフードを目深に被り、決して素顔を見せることはなかったという。唯一の例外は、女王の遠縁だと伝えられている指揮官のマルスだったそうだが、同様に仮面を被っていた彼も黙して軍師の正体を語ることはなかった。
軍師が王女と同じ青い髪をしていただとか、剣の太刀筋が聖王家の人間が習うものに似ていただとか、確証のない伝聞は数多くあるものの、後世の歴史家たちには到底正体を明らかにすることはできず。
他の多くの謎とともに、女王ルキナの軍師の謎もまた謎のまま、今尚イーリスの史書に綴られている。
Under the rose if
君に捧ぐ永久の誓い
―Fin―
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