一家が滞在する為に女王が用意してくれたのは、ソンシンの王族専用の保養地のような場所にある屋敷だった。近隣には人家も街もないが、その分自然に囲まれた静かなところで、ゆったりとした時間を過ごすには最適だ。
イーリス城とは何もかも異なる屋敷は、王族の為のものだけあって広い。まず庭に出る前に皆でくつろいでいた居間を覗き、母がいないことを確認したルキナは、次にどこを探そうかと首を捻りながらしばしその場で佇む。
すると厨のある方角から微かな物音が聞こえてきた。はっと顔を上げて急いでそちらへ足を進めれば、ちょうど母が水を飲んでいるところで。その顔色が真っ青だったので思わず悲鳴じみた声を上げてしまう。
「お母様?! どこかお体の具合が……!」
「まあ、ルキナ。お庭で皆と一緒だったのではないのですか?」
駆け寄って来た娘に、しかし母はのんびりと的はずれな返事をして、飲み干して空になった杯を置く。
「お母様のお姿が急に見えなくなったので……。そ、それより大丈夫なのですか?!」
「あら……。ルキナは心配症ですね。何も心配いりませんよ」
「でも、お顔の色が真っ青ではありませんか!」
「え? ああ、これは……」
「ソンシンとイーリスでは気候も違いますから、お風邪を召されてしまったのかもしれません。駄目ですお母様、すぐ着替えてお休みになって下さい!」
母はまだ大丈夫だの心配しないでだのと言っているが、こんな顔色の悪さで言われても説得力がない。自分の迂闊さをルキナは呪った。家族だけの時間を過ごせることに浮かれてしまって、大切な母の様子の変化にも気が付かないなんて。
何はともあれ早く横にならせなくてはと、渋る母を引き摺るようにして厨を出たところで、ばったりマークと行き会った。
「あれ? 母さんにルキナさん。こんなところでどうしたんですか?」
ハネツキに熱中し過ぎた所為か、うっすらと額に汗を浮かべた弟は二人の姿を認めて不思議そうな顔をする。墨で書かれたものがそのままなところを見ると、まだ勝負はついていないらしい。おそらく休憩しようと来たのだろうが、ちょうどよかった。
「マーク、いいところに! お母様の具合が悪そうなので、今から着替えて休んで頂こうとしていたんです。薬を探してきてもらえませんか?」
「で、ですからルキナ、私は……」
「え、母さん体調悪いの? ……わあ、本当だ顔真っ青じゃない! 父さん、父さーーーーーん! 母さんが大変ですーーーーーーーーーっ!!」
「何っ?! ルフレがどうした!」
同じく休憩しようとしていたのか、片方ずつ幼い娘息子と手を繋いで遠くから歩いて来ていた父が、マークの呼び掛けで姉弟を小脇に抱え、猛烈な勢いでルキナ達のところまで辿り着く。そして妻の姿を目に止めると、表情を険しくして抱えていた姉弟を近くのマークへ預けた。
「……どうして具合が悪いならもっと早く言わない」
「あのう、クロムさん? 私別に具合が悪い訳では、」
「そんな顔色でふざけたことを言うな! ああまったく、お前はどうしてそう妙なところで頑固なんだ?! 行くぞ!!」
「え、あ、きゃっ!」
この期に及んで尚も平気なふりをする母に、業を煮やした父が彼女を横抱きにして抱え上げた。降ろして下さいだとか、大丈夫ですから、だとか母は何やら言っているが、それらすべてを綺麗に無視して父は四人の我が子に告げる。
「俺はルフレを部屋まで連れて行く。お前たちは薬と……そうだな、医師に診てもらう必要があるかもしれんから、サイリのところまですぐ行けるよう準備しておいてもらえるか?」
「はい、父さん」
「分かりましたお父様」
小さい<マーク>と<ルキナ>は不安そうな顔をしているが、やはり無言で頷く。それを確認すると、あとは脇目もふらず父は用意された寝室まで走って行った。
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