世界から闇が打ち払われ、その時邪竜と共に消えた聖王の半身も戻って来た後の、とある年明け。
イーリス聖王夫妻とその子供たちは、海を隔てたソンシンにいた。
他国とは異なる独自の文化を持つソンシンは、かつてヴァルム大陸を揺るがした動乱で、イーリス・フェリアの連合軍に助力を求めた王女サイリが、今では女王として治めている。
そのサイリから、年が改まる前、是非ご家族で一度訪れて欲しい、との誘いがあったのだった。お国柄なのか彼女自身の生来の性質なのか義理堅い女王は、先の戦での恩もまだろくに返しきれていないと随分気に病んでいるようで、たまには政務を離れ、異国の地で家族水入らずの時間を過ごして頂きたい、と書簡には綴られていた。
確かに復興も大分進み、以前ほど忙しくはなくなってきているものの、聖王と聖王妃は多忙である。甘えたい盛りの子供たちとの時間もあまりとってやれないし、まして家族旅行などしたことがない。
二人の(ある意味では四人の)子持ちとなった主君に対しても、相変わらず過保護な騎士団長の強い勧めがあったこと、また国内の情勢が落ち着いていることもあり、数日だけではあるが聖王夫妻はありがたく旧知の仲間の誘いに応じることにして――――。
「戦局を変えます!!」
新年に相応しい澄み渡った空気の中、厳かな口調でそう宣言してマークは色とりどりの羽がついた不思議な飾りを高く放り投げると、手に持った木の板で勢い良く打つ。
キモノ、というソンシンの民族衣装らしい装束の袖を捲り上げて構える姿は勇ましいが、真剣そのものの表情が浮かぶ面には、これもやはりスミというこの国独自のインクで書かれた丸やら何やらがあって、何とも間抜けである。
「俺は負けんっ!」
だが鬼気迫る勢いで鮮やかな羽根つきの球体を打ち返したクロムも同じような様子で、顔に書かれているものの数こそ息子より少ないが、やはり自国での威厳ある聖王の姿とは程遠い。
親子で顔を汚しあって何をやっているのかといえば、これは『ハネツキ』というソンシンに古くから伝わる遊びで、何でもキモノを着て新年にするのが習わしらしい。
華やかな絵柄が描かれた木の板で羽根を打ち合い、地面に落とした方が負けという単純な遊びだ。始めは思い思いに相手を変えては和やかに遊んでいたのだが、小さな<マーク>が『とーさんとにーさんはどっちがつよいの?』といかにも子供らしい、無邪気な質問をしたために、二人の対抗心に火が付いてしまったのであった。
「きゃあ、おとうさまがんばってー!」
「にーさんもがんばれー!」
着飾った幼い姉弟が勝敗を地面に記録しながら可愛らしく応援してくれるので、余計負けられないと互いに思っているらしい。今のところ『おとうさま』と丸っこい字で地面に書かれた箇所に、より多く印が付いているからクロムが優勢なのだろう。
だがその下に『にーさん』とこれも辿々しい綴りで書いてある方にも父に負けないくらいの印があるので、マークもまだまだ負けてはいない。それにしても。
「お父様もマークも、少し子供っぽすぎではありませんか……?」
ぽつりと呆れた呟きを漏らしたのは、これまた鮮やかな蝶の柄の着物を纏い、長い青髪も綺麗に結い上げたルキナだ。父を尊敬してやまない彼女ではあるけれど、いくら母と我が子たちにいいところを見せたいとは言っても、もう一人の息子にこうまで張り合うのは大人げないのでは、と思ってしまう。
「あら……?」
だがそう思ったところで、父がきっと一番に勝利を(ただのハネツキだが)捧げたいと思っている筈の母の姿が見当たらない。先ほどまで、この庭先で一緒にいたというのに。
(お母様、どちらに行かれてしまったのでしょう……)
父と弟、それに幼い姉弟は羽根つきに熱中して気付いていないようだ。邪魔をするのも悪いと思い、ルキナは黙って母を探しに行くことにした。
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