クロムのきょうだいは姉と妹のみである。
優しく聡明で、母が若くして儚くなってからは弟妹の母代わりでもあったエメリナ。天真爛漫でお転婆、けれど人一倍周囲の者の感情に敏感なリズ。
どちらも大切な家族は二人とも女きょうだいで、男きょうだいには縁がない。さらに父王は乱心と囁かれる大義のない出兵の果てに命を落とし、クロムにとって年が近い親族もほとんどがその道連れになった。
だから幼少期のクロムの周りに残った近親者は、戦場に出なかった老人か、あるいは父王に諫言できるほどの気概がなかった怯懦な者ばかり。
傍系まで範囲を広げればいくらか年の近い人間はいたが、身内として親しく付き合える距離感ではなく、血の繋がりも何もかも遠かった。
年代が近く、けれど年長者として何かしら見習いたい点があって、頼れる兄のような存在。
きょうだいの中で唯一の男なのだから姉と妹を守らなくては、と気を張り詰めるクロムがほんの少しでも気を緩めて、甘えられる相手。そんな存在は、親戚筋のどこにもいなかった。
しかし、たったひとり。
たったひとりだけ、本当に、ほんの少しだけだが兄のように思っている人物はいる。本人に伝えたことは一度もないし、これからも絶対口にはしないだろうが。
その男は血縁者ではないものの、昔から兄のように――あるいは世話焼きの母親のように親身になってクロムや、妹のリズの世話を焼いてきた。
姉のエメリナに対しては女王に仕える騎士として恭しく接する一方、クロムや妹には言葉遣いや態度こそ丁重でありながら、悪戯をしでかせばこんこんと叱り、褒める時はくどくて辟易してしまうくらい褒めちぎる。
それに、男は剣の稽古相手としても申し分のない実力の持ち主で、面倒だっただろうに嫌な顔ひとつせず根気よく付き合ってくれた。王族相手だからと手心を加えることなく、当時まだ荒削りだったクロムの剣筋を諌めながら、時に容赦なく叩きのめした。
幼いクロムはその度に、いつか完璧に一本取ってやると奮起したものだ。
家族でこそなかったが、さりとて単なる守役、臣下として片付けてしまうには近しい存在。
そんな男に対してクロムが不満に思うことがあるとすれば、自分よりクロム達きょうだいを優先しすぎるということだった。
休みを取らせても、いつの間にか何某かクロム達の世話を焼くのである。滅私奉公にも程がある。
だから、いつか男が自分の為に心から望むことができたなら絶対に叶えてやろうと決めていた。いざとなれば職権濫用も辞さない覚悟だった。
————その筈、だったのだ。
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