杯に注ぐは毒か愛か - 4/4

「……どういうつもり?」
 夕刻、人気のない宿営地の外れでサーリャはある男と向かい合っていた。
 顔を隠す仮面を被っているが、その下にある相貌はこの軍の軍主と同じであると既に知っている。
 ただ、鏡に写したようではなく、いくらか齢を重ねていた。それは、この男が未来から来た為だ。
 出来る限り敵軍を避けて進むため、ガイアと同じく斥候を務めている先から戻ったもうひとりの<クロム>は、サーリャの詰問に近い問いかけに、微かな不快感を露わにしたようだった。
「藪から棒に尋ねられてもな……ルフレから目を離してまで、俺に何を聞きたい」
 やや責めるような調子なのは、男とサーリャの間である取り決めが交わされているからだ。
 今日のように彼が自軍を離れることを余儀なくされる間は、サーリャがルフレの側に付いて、クロムを近付けさせないことになっている。
 以前のルフレが、表面上は冷静な軍師の顔で振る舞いつつも、その実、極めて不安定だったのはクロムが原因だと気付いていたから、サーリャもしぶしぶではあるが協力してきた。
 だが今では、その判断が間違っていたのではないかという懸念と焦りが、声も表情も険しくしているのが分かった。
「安心して……ルフレは今、ティアモたちと一緒だわ。それより……あなた、ルフレに何をしているの」
「ははっ……『恋人』を慰めているだけだぞ? それとも、友人の寝所の中まで微に入り細に入り知ろうとするのが呪術師なのか?」
「……ルフレがあなたの恋人だったのは、あなたがいた未来での話でしょう」
 口元には僅かに笑みを浮かべているものの、深い藍色の目の奥は少しも笑っていない<クロム>を睨めつける。
 愛しい女について言及したことで動いた彼の感情の色は、甘やかなものでありつつも、底が見通せないほど濁って淀んでいる。
 互いに半身とまで呼び合い、想いを交わした恋人を喪った為だと考えれば無理もないと思っていたが……。
 やはり、この男は信用ならない。
 彼が未来でルフレと恋人同士だったというのも、何も証拠はないのだ。ただ、目の前の男が初めて姿を表した時、そう説明しただけで。
 そもそも、真実、ルフレが彼の恋人だったなら、何故彼は過去の自分をああまで敵視しているのだろうか?
「確かにな。だが、俺以外に今のルフレを支えられる人間がいるとは思えない。……俺だけだ。あの男ではなく、俺だけが、彼女の苦しみを取り除いてやれる」
 半ば陶然とした様子で、囁くように告げる<クロム>に、サーリャは夏場だというのに寒気を覚えた。
 辛うじて、こう返すことが出来ただけだった。
「…………あなたが、ルフレから苦しみを取り除くために与えているのは毒よ……」
「毒は、薬にもなる。薬草学も嗜んでいるお前には、常識だと思ったが?」
 ひとり時を越え、過去に舞い戻ってまで取り戻したいと願った半身には決して見せないであろう、歪んだ笑みは狂気に彩られている。
 もしサーリャが、<クロム>から離れるよう、ルフレに少しでも仄めかそうとすれば、彼は容赦しないだろう。
 この男は、確かにルフレをひたすら慈しみ、愛するのかもしれない。その腕は優しいのかもしれない。
 けれど、いつかサーリャの誰より大切な友人の心は、<クロム>が現れる以前よりも深く、深く傷付けられることになる。
 そんな予感がしてならなかった。

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