横顔の君に恋した - 4/5

 
 晩秋のフェリアの夜は、既に底冷えするような寒さだ。
 人が集まる部屋は暖炉に火が入れられ、特に広い場所は火炎の魔道書を応用した魔法で暖かさを保っているが、さすがに中庭に面した廊下まではその暖かい空気も届かない。
 陽はすっかり落ちて、辺りは夜の闇が濃い。
 ペレジアからの逃走劇の最中、涙のように降り続いていた雨はフェリア領内に入ると次第に小雨になり、今では止んでいたものの、雲が残っているのか星はよく見えなかった。
 片手に手燭、もう片方の手に厨房からもらってきたグリューワインが入ったカップを持ったソールは、廊下の途中、中庭に下りる場所で立ち尽くすルフレを見つけた。
「……ルフレ、どうしたの。君も眠れない?」
「ソールさん……」
 声をかけると、迷子になって途方に暮れた子供のような顔でソールを見上げてくる。
 その手には、自分の部屋から持ち出したのだろうか、厚手の毛布を持っていた。
 ギャンレル王率いるペレジア軍を討つ為の軍議は、大分前に終わった筈だが、何故ここにいるのだろう。
 今の彼女には、数時間前、姉王の死により底なし沼のような絶望に捕らわれそうだったイーリス自警団の団長――そしてそう遠くない内にイーリスの聖王になるだろう青年を、再び立ち上がらせたときの凛とした毅さはない。
 時折ちらりと中庭の方に視線をやる様子は、どこか落ち着きがない。
 明日からの戦いが不安なのだろうか。不思議に思ったソールだが、ふとルフレの視線を辿って得心がいった。
「ああ……クロムのことを、見ていたんだ」
「そう、なんです。部屋の窓からクロムさんが中庭にいるのが見えて。薄い上着しか羽織っていないみたいだったので、慌てて降りてきたんですけど……」
 声をかけるべきかふんぎりがつきかねている、といったところだろうか。
 確かに、中庭の奥まった場所に立つクロムは、こんな寒い夜更けなのに薄い羽織もの一枚着ただけで、抜身のファルシオンを手に微動だにせず、どこか張り詰めて、近寄りがたい空気を醸し出していた。
 眼前で姉を喪った彼の慟哭は、未だ耳にこびりついて離れない。
 エメリナ女王の死は、不慮の事故や、病が原因ではないのだ。ルフレの言葉で生気を取り戻したとはいえ、己の無力さを呪う思い、姉の死の一因となったギャンレル王への憎しみが消え去った訳ではないだろう。
 ソールにはとてもクロムの心中を推し量ることなどできないが、遠すぎてよく見えない精悍な相貌の下には、すさまじい葛藤が渦巻いているに違いない。ただ……。
「……ねえ、クロムのところへ行かないの?」
 そっとルフレの背中を叩いた。本当に触れるか触れないかだったのだけれど、一歩、ルフレは中庭の方へ足を踏み出す。
 それでもまだ躊躇っているので、ソールは努めて何でもないような口調で彼女を促した。
「撤退戦で疲労が溜まってるだろうに、この寒さの中ずっと立ってたら風邪をひくよ。大事な戦いなのに、総大将が鼻水すすってたら格好がつかないじゃないか。早く行ってあげて。……君の言葉なら、クロムに届くから」
 そう、今のクロムの隣に立ち、吹きすさぶ感情の嵐に耐える彼に言葉を届かせられるのはルフレしかいない。
 そして今だけでなく、エメリナ女王に代わって玉座に登ってからのクロムを支えられるのも、きっと。

 もしもこの時、ルフレを引き止めていたら、何かが変わっただろうか。
 後からソールは何度か自問自答したものの、最後には無意味なことだと結論づけた。
 何度同じ場面に出くわしても、同じことをしただろうから。
 ゆっくりとクロムへ近付いて行く想い人の背中を最後まで見送らない内に、ソールは足を早めて自分の部屋へと急いだ。

(ああ……指輪、無駄になっちゃったな)

 視界が滲んだのは、冷めかけたグリューワインの湯気の所為にしておいた。

 

 

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