横顔の君に恋した - 2/5

 トンカンカン、とソールがとんかちを振るう度に、釘を打つ音が規則正しく室内に響く。
 何かに特別秀でていない代わりに、何でも平均的にこなす彼は、大工仕事もそこそこ得意だった。
 あくまで『そこそこ』なので、本職の職人のように複雑なものを作ることはできないが、少しがたついた椅子やら、ずれた棚板の修理くらいならお手のものである。
 今日は自警団の詰所にある会議室兼集会所兼エトセトラエトセトラ。要は何でもありな部屋に置かれた、円卓を囲んで設置された木椅子ががたついているのが気になったので、自主的に直しに来たのだった。
 椅子の修理自体はヤスリで削ったりして、軸足を揃えることで解決した。
 ただ、団員が少しずつ増えるに従って、室内に持ち込まれた私物がごちゃついているのが気になったので、思いつきで小さな棚を作ってみることにしたのだ。
 幸い、材料はふんだんにあった。自警団の詰所は他ならぬ団長その人の手によって、あちこちの壁や物が損傷することが多い。
 何か考え事をしながら稽古をしているとそうなるらしく、何をしても一向に改善の兆しが見られないので、今ではすぐ修理できるように材木などは常備してあった。
 ソールが利用したのは、前回の修理の際に出た余りの端板だ。うまく切って組み合わせれば、こまごましたものを整理する用途くらいには使えるだろう。
 その場で簡単な設計図を書き、板を切った後は、がたつきがなくなった椅子に腰掛けて作業を進めていた。
 今彼が手がけている分は、仕切りを付け終われば問題なく完成する、のだが。

 ドスドスドス!

 釘を打つ、というよりは固定したい木板まで叩き割りそうな勢いでとんかちを振るう人物が、室内にはもうひとり、いた。
「えーっと……ルフレ? とんかちを使うのはもう少し軽くで大丈夫だよ?」
「へあっ?!」
 年頃の娘らしからぬ素っ頓狂な声を上げて、ルフレは大工仕事の手を止める。
 午後の日差しを浴びてきらきらと輝く髪や長いまつげ、大きめのローブの裾から覗く、ほっそりした白い手。
 手をかけて装えば、おそらく、いや絶対妖精のように可憐な姿になるだろう。
 けれど、いつもくたびれ気味のローブを手放さない自警団の軍師は、ソールの呼びかけで我に返ったらしい。
 自分の手元にある棚のなり損ない――勢いをつけすぎたので、釘がめり込んで、やや板と板の接合部がずれてしまっている――を見て、うなだれた。
「す、すみませんソールさん。手伝いますと言ったのは私なのに……」
「いいよいいよ、余り物の板だから気にしないで。でも珍しいね。クロムと何かあった?」
 この自警団の団長にして、女王エメリナの弟であるクロムの名を出したのは、別に他意があった訳ではない。
 ただ、街道で行き倒れていたルフレを助けたのはクロムで、自警団に入ってからも、記憶が無いという彼女を不器用な団長なりに気にかけているのは明らかである。
 それに、今や自警団内の誰とも親しいルフレだけれど、クロムにはとりわけ懐いて……という言い方は語弊があるが、心を許し、頼りにしているのは間違いない。
 二人は本当に、長い付き合いの、気の置けない親友同士のようだった。実際は、出会ってからまだ一年も経っていないというのに。
 だからソールとしては、ルフレがこのように普段と違う様子を見せているのは、クロムと軽い口喧嘩でもしたのかと思ったのだった。
 すると、ソールが尋ねた途端、ルフレは思い切り顔をしかめた。檸檬を一気に三つ四つ齧っても、ここまでにはならないだろう。
「……どうしてそこでクロムさんの名前が出てくるんですか。知りませんよ、あんな無神経な人!」
 そうして険のある声で言い放つと、ぷいと顔を背けてしまう。
 ああ、これはまたクロムが、何かルフレの機嫌を損ねることを言ったのだなと、ソールは直感的に理解した。
 クロムという青年は、弁が立つというよりはどちらかというと口数が少なく、気さくな人柄とは言い難い。
 だが自警団の設立を姉王に訴え出たことからも分かるように、正義感に溢れた真面目な男で、生まれながらにして人の上に立つ立場にあることを頷かされるような求心力もあり。
 ……ただ致命的に、いわゆる女心というものに対する理解が足りていなかった。
「クロムに何を言われたの? 話してごらんよ、少しは気が晴れるかもしれないよ」
「………………別に、大したことじゃないんですけど……」
 いや、充分大したことだろうと思ったが、敢えて口には出さない。
 人の悩みなどを聞く時は、何でも聞くよ、という姿勢を見せつつ、自分からはあまり多く語らないことが大事なのだ。
 幼馴染の雑貨屋の娘のちょっとした愚痴を聞いてやったり、目に見えて稽古に身が入らなくなっていた団員の悩み相談に乗ってやったりといった経験から培った、ソールなりの経験則だった。
 口が重い相手、何を悩んでいるのかもはっきりしていない相手には、いくつか質問を投げかけるが、基本的には相手が話してくれるのを待つ。
 今回も、完成間近の棚やとんかちをきちんと卓の上に揃えて、両の手を膝の上できっちり揃えたソールは、ふくれっ面のルフレに向き直り、目線で優しく促す。
 しばらく躊躇っていたルフレだったが、やがてぽつりと口を開いた。
「――――って、言われたんです」
「え?」
「私のこと、女に見えないって言うんです! ひどいと思いません?!」
「ええっ?! そうなの?」

(何を言っちゃったんだよクロム、君って奴は……)

 心の中で盛大に溜息をついて、ソールは我らが団長殿の脳内評価の末尾に、女心が分からない、と赤インクで再度大きく書き足した。
 ルフレは、もう一度言われたことを口にして怒りが再燃したのか、頬を紅潮させ、やや早口でまくし立てる。
「そりゃあ、ティアモさんやマリアベルさんみたいに綺麗な方ばかり目にしていたら、私なんてその辺の道端に転がってる石ころみたいなものかもしれませんけど?! だからって世の中には言っていいことと悪いことがあると思うんですっ。私だって一応、生物学的には女ですよ! 花よりは戦術書の方が欲しいですけど、綺麗な花を貰えば嬉しいですし、似合いませんけど可愛い服や宝飾品を見たら素敵だなあと思う感性くらいはあるのに!」
「う、うん、そうだよね。この間も城下を案内していた時、君、露天の耳飾りとしばらくにらめっこしてたし」
 彼女の勢いにやや圧倒されながらも、ルフレを支持する。
 ソールからすれば、ルフレが女性であることは自明のことだった。物腰やしゃべり方は柔らかく丁寧で、長い睫毛や滑らかな頬、細い首や、自分のものと比べて小さな手は、どこからどう見てもうら若き女性のものだ。
 逆に、どこをどう見たら『女に見えない』という発言に繋がるのか、クロムが心配になってくる。
 けれどもソールが相槌を打ったにも関わらず、ルフレはそれまでの勢いが嘘のようにがっくりと肩を落とした。何やら、遠い目をしている。
「結局、その時は新しい戦術書を買っちゃいましたけど……。うう、こういうところがダメなんでしょうか。そういえばクロムさんたちと初めて会った時も、私熊肉にかぶりついてましたし……」
「あ、食べたんだ、熊肉……。美味しかった?」
「はい。お腹が空いていたのもあるかもしれませんが、複雑な味わいがして美味しかったです。……でもリズさんはあまり口をつけていなくて。思えば、野生の熊の肉をがっつくなんて、女性らしくないですよね。クロムさんが私のことを女らしくないと思っても、無理はないのかも……」
「そんなことないよ!」
 思わずソールは身を乗り出して、ルフレの両手を握り締めていた。
 彼女はぽかんとした顔をしていて、咄嗟のこととはいえしまったと思ったものの、後には引けない。
 ソールが他人を色々と気遣うのは最早習性のようなもので、見返りなど求めていないけれど、それでもこの数ヶ月、ルフレが自分のことを同じように気にかけてくれるのは嬉しいものだった。
 始めは単純に嬉しいと思っていた気持ちが、徐々にはっきりとした好意へ変わりつつあるのを自覚していて。
 だから怒っているのはまだいいとして、彼女が意気消沈しているところを見るのは辛い。
 どう伝えたらいいのか頭を悩ませながら、ソールは真っ直ぐにルフレを見つめてゆっくりと言った。
「……そんなことない。君は僕のことは勿論、自警団の皆のこともすごく気にかけて、親身になってくれるじゃないか。誰もができることじゃないよ。優しくて、とても女の子らしいと思う」
「そ、それを言ったら、皆に気を配っているソールさんも女らしいってことになっちゃいますよ?」
「あと、お化けが怖いところも女の子らしくて可愛い」
「うう……ソールさん、無理しなくていいですから」
 向かい合うルフレの頬が赤いのは、差し込む陽の光の暑さの所為だけではない、筈だ。
 握った手が振り払われないということは、少しは期待してもいいのだろうか、とちらりと下心が顔を出しそうになるのを押さえつけて、できる限り真摯な口調で続ける。
「無理してないよ。少なくとも僕にとってルフレはちゃんと『女の子』だから。あんまりクロムの言ったことは気にしないで」
「……ありがとうございます」
 少しうつむき加減になったルフレが、やや間を置いてから気恥ずかしそうに微笑んだ。早口で「私が女の子っていう年かどうかはともかく、嬉しいです」と付け加える。
 その笑顔はやっぱりどこからどう見たって、可憐な娘らしいもので。
 彼女のどこが『女に見えない』というのか、クロムに厳重に抗議を申し入れたいソールだった。

 

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