聖王代理、理性と本能の綱引きをするの巻 - 3/4

「ふふふ。おいしいですね、クロムさん。飲み口がすっきりしているというか、でも果物みたいな甘みもほんのりあって、全体的にまろやかで飲みやすいです」
 手のひらで包めてしまうほど小さな器に注いだ何杯目かを、やけに艶のある仕草で飲み干したルフレが、感心したように呟いた。
 その顔はうっすら上気し、髪に隠されずむき出しになったうなじも、淡く艶めかしく色づいている。ついつい見入ってしまいそうになるので、無理矢理視線をずらすのだが、しばらくするとまた戻ってしまう。
「……ああ。『コメ』というのは、ソンシンの主食だろう? 確かサイリが前に、炊きあげると白くて柔らかい粒になると言っていたが、酒にもなるのが信じ難いな。ただ、旨いのは旨い。葡萄酒のように温めてもよさそうだ」
 努めて平静さを装って返してはいるが、何種類かある酒の内、一本を空けようかという辺りで、クロムはこれはまずいと思い始めていた。
 宿からの差し入れだという酒は、ルフレの言う通り確かに飲みやすい。だが酒精は強めのようで、時間が経って酔いが回ってくる。
 なるべく少しずつ、舐めるように飲んでいても、器も小さいし、しかも普段とは異なる衣装に身を包んだ彼女から、可憐な笑顔で「どうぞ」と酌をされると断れない。
 その結果、ついつい酒が進んでしまい、酩酊時特有の高揚感、思考が散漫になってくる、あの覚えのある感覚が先程から纏わり付いて離れない。
「なあ、ルフレ。そろそろ休まないか? 残りは明日でもいいだろう。あまり飲み過ぎると明日に響くし、温泉に入れなくなるぞ」
「むー。だってまだ一本目ですよ? あともう一種類くらいは試してみましょう?」
 理性が本能に競り負ける前に、とお開きを提案したもののすげなく拒否されてしまった。頬を膨らませる妻は愛らしい、のだが……目が潤み始めているのと、白い肌がほのかに色づいているので、妙な色香がある。
 ふらふらと手を伸ばしてそのまま抱き寄せ、素肌に口づけたい衝動に駆られたが何とか踏み止まれた。
 だが、悶々と内なる自分との闘いを続けるクロムを嘲笑うように、とすん、と軽い音がして何かが腕にぶつかった。次の瞬間には馴染みのある重みを感じる。甘い、甘い香り。
「――――っ?! る、るるるるルフレ?」
「……もっと、クロムさんと一緒にいたいんです。ダメ、ですか……?」
「う……。だ、駄目じゃない、が……だがな、」
 吸い込んだルフレの香りと、別のことを連想させそうになる熱っぽい瞳、抱え込まれた腕に当たる柔らかさに、ぴんと張られた理性の綱が大きく揺さぶられた。
 どうにかさり気なく彼女を引き離そうとするのだけれど、がっちり腕を拘束され、甘えるように身体をすり付けられて、綱の上にいるクロムはもう落下寸前だ。

(……これは、誘われているんじゃないか……?)

 すりすり。すりすり。
 主人に懐いた猫のような甘え方は、常日頃控えめで、恥ずかしがり屋なルフレにしては珍しい。
 酒に酔った所為だと、少し考えれば分かる筈なのに、酒精に侵された頭ではまともな思考が出来ない。腕に胸を押し付けるようにされていることも、その考えに拍車をかけた。
 我が子に、これでもかというくらいお膳立てされて事に及ぶのは躊躇うところだ。けれどもし、妻からのおねだりであれば。
 男として、夫として、応えてやらねばいけないのではないか? いいや、むしろ応えるべきだ。
「クロムさん……?」
 急にクロムの膝の上へ抱え上げられて、ルフレはとろんとした眼差しのまま、どこか甘えるような響きでこちらの名をを呼んだ。
 暴れたり、恥ずかしそうな様子も見せない。むしろ、鍛えてはいても華奢な肢体からはくたりと力が抜け、身を預けてくる。
 抵抗がまったくないことに気を良くしたクロムは、まだ残っている酒の内、適当な一本に手を伸ばして、小瓶から直接口に含む。
 そして、そのままルフレの頤を掴み後ろを振り向かせて、誘うように薄く開かれていた口を塞いだ。
「っん……」
 含んでいた酒を送り込み、舌で嚥下を促せば、ルフレは素直に与えられた液体を飲み干した。小さく喉が鳴る。
 しかしクロムは彼女を解放せず、深く貪り尽くすような口づけを続けた。酒か唾液か、どちらか分からぬものがたらりと口の端から溢れ、伝い落ちていく。
「っ…ふ…ぁ……ん、んっ」
 身体中が燃えるように熱い。酒の所為か、妻の艶姿の所為か。どちらにせよ、皮膚の下で疼くその熱で理性の綱は焼き切れてしまった。もう、まともな思考は働かない。
 時折漏れる甘い喘ぎに、深酔いしたような目眩がする。いや、酔っているのは彼女自身に、かもしれない。ずっと前から、クロムは最愛の半身である彼女に溺れ続けているのだから。
 腕の中、夫の行為に従順なルフレに、もっと触れたいという思いだけが、今やクロムのすべてを支配していた。
「――――どうだ、旨いか?」
 ようやく唇を離した頃には、彼女の綺麗に結っていた髪は崩れ、息も荒く乱れていた。身体からはすっかり力が抜けきり、色素の薄い色の瞳は、酔いの所為だけでなくますます潤み。男を誘う女のものになっている。
 クロムの着る、浴衣の袖口をぎゅっと握り締めたルフレは、こちらからの問いに、蕩けた声でこう答えた。
「……一口だけじゃ、よく分かりません……」
 暗にもう一度、と口づけをねだるに等しい返答。
 満足したクロムは「そうか。なら、もっと飲んでみないとな」と言って優しく頬を撫でてやり、酒瓶にもう一度手を伸ばす。酒の味は、最初に空けた瓶のものよりひどく甘く感じたが、おそらく愛しい妻に、口移しで飲ませてやるという状況がそう思わせるのだろう。
 何かを期待しているようなルフレに、再度ゆっくり唇を重ねながら、結局マークの思惑通りになってしまったなと、ちらりと思ったけれども、すっかり彼女に酔いしれているクロムには、もうそんなことはどうでも良かった。

 

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!