喉が詰まるほどに苦しい、それを恋と呼ぶのです

「あれ? ルフレさん、もう食べないの?」

「はい……ちょっと食欲がなくて」

 俯き加減にそう答えて食器を置いてしまったルフレに、リズはあんぐりと口を開けて固まった。からん、と持っていたフォークが卓の上に落ちる。ここにフレデリク辺りでもいれば行儀が悪いと窘められたかもしれないが、生憎、今この場にいるのは彼女と、この自警団の軍師であるルフレだけだ。

(えええええ?! ルフレさんが! あの! 自分に記憶がないって分かって、これからどうしようなんて時にも熊肉をぱくぱく平気で食べてたルフレさんがっ!!)

 ――――食欲がない、だなんて?!

 これは一大事だ、としばしの硬直の後に、癒し手たるリズの頭は凄まじい勢いで回転し始めた。

 寝不足による単なる体調不良程度ならばいいが、何か大きな病気でもしていたらことだ。今やルフレは自警団にとってだけでなく、兄にとって、もちろんリズにとっても大切な友人になっているのだから。

 ……それに、もしかしたら兄のクロムにとっては、それ以上の存在であるかもしれない。

 「ちょっとごめんね、ルフレさん」とひと声かけてから前髪をかき上げ、額に手を当ててみる。伝わってくるのはいたって普通の温度で、熱があるわけではないようだ。

 しかし油断をしてはいけない。現在発熱していなくても、徐々に高熱を発する事例はままある。本人の自覚症状はどうだろう。

「んー……今は熱、ないみたいだけど。最近どこか具合が悪かったりする?」

「いいえ、特には……。あっ、ただ……その、」

「え? なになに?」

 修道院では王女様のお遊び、花嫁修業と言われないよう(時に睡魔に勝てず年嵩の修道女に叱られることはあったが)精一杯癒しの術を学んできたつもりだ。それらの知識を総動員して病の兆候を見逃さない為にルフレの発言を固唾を飲んで待っていると、彼女は普段の穏やかながらもきっぱりとした物言いとは異なる、頼りなげな様子で言葉を紡ぐ。

「胸がなんだかどきどきしてしまって」

「うん」

「時々、ぎゅうっとなって」

「うんうん」

「それで、喉の奥も何かが詰まったみたいにとても苦しいんです。だから食欲が沸かなくて……

「えー! やっぱり具合が悪いんじゃない! 大変っ、早く先生に診てもらいに行こうよ!」

「で、でも、あのですねリズさんっ」

 聞き取った症状は、胸や心臓辺りの病の症状と一致していなくもなかった。どうしてもっと早く言ってくれなかったのだろう。ともかくそこまでいってしまうと、癒し手としてはまだまだ見習いのリズでは太刀打ちできそうにない。

 ともかく長年宮廷医を務める侍医のところへ連れて行かなくてはと、途中で放置されている自分の分の食事も忘れ、焦燥に駆られてルフレの手を取る。

 けれど続いた彼女の言葉に、ぽかんとする羽目になるのだった。

「症状が起きるのはその……いつもじゃないんです」

「ふぇ? いつもじゃないって、じゃあいつ?」

「それは……

 そこでもごもごと何か言っているようだったのだが聞き取れない。それでも先ほど聞いた諸々の症状と、うっすら頬を染める彼女の様子に……ぴん、と閃くものがあった。

「ねえ、ルフレさん。それならわたしがこれから言うことが、合ってるかどうかだけ教えて。その症状が出るのって、もしかしてお兄ちゃんと一緒にいたり、お兄ちゃんのことを考えたりする時?」

「ど、どうして分かるんですか?!」

「うーん、どうしてって言われてもなあ」

 逆にリズに言わせれば、これで分からない人間などいないと思うのだが。何はともあれほっとした。病気だったらどうしようかと思っていたのだから。

(まあ、病気は病気、なのかも。うん)

 ある意味とても古典的な『それ』に、ルフレは罹ってしまっているらしい。

 同じ症状を随分と前から発症しているクロムの妹として、喜ばしいことだった。あとはどうやってお互いに自覚させるか、なのだが……

「とっても難易度高いよねえ……これ」

「リズさん?」

 不思議そうな表情をしているルフレを、早く義姉と呼べる日がくればいい。けれどそこまでの道のりはあまりに遠いように、リズには思えて仕方がなかった。

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