「英雄色を好む、って言葉がありますけど……父さんにも母さんにも当てはまりませんね」
そんなことを息子のマーク(ただし今ではない未来から来たので、自分たちの子だと知らない人間相手に言い張るには無理があるくらい成長している)が言い出したのは、ぽかぽかとした日差しが気持ちのよい、ある暖かな春の日の午後だった。
「は?」
「マーク……?」
クロムも、彼の隣に腰掛け、今聖都で一番行列のできる店のタルトを幸せそうに頬張っていたルフレも、突然我が子がそんなことを言い出した意図が掴めず、ぽかんとすることしかできない。
ちなみに、室内にはクロムとルフレ、それにマークしかいなかった。ルキナは、小さな<ルキナ>と一緒に何やら買い物をするのだとはりきって城下へ出かけて行ったきり、まだ戻って来ない。
弟と同じく未来から来た彼女の武芸の腕は、さすがに神剣の継承者だけあって確かだから心配はしていないが、いささか遅い。おそらく、買い物に夢中になりすぎているのだろう。
以前のように、ほとんど紐だけの下着を買って来ないといいのですが、とちらりと思ったルフレだった(あの時は、クロムに知られて本当に、本当に色々と大変だったのだ)。
一方で唐突に訳の分からぬことを言い出したマークは、「この間読んだ本に載っていたんですけどね、」とまだ同じ話を続けるつもりであるらしい。にこにこと、至って邪気のない笑顔で指を一本、ぴんと立てた。
「歴史に名を残す英雄っていうのは、こう、美女をはべらせ、敗戦国の美しい女性を手当たり次第に手篭めにする人物が多いらしいんですが……」
「てご……っ?! ま、マークお前! どこでそんな言葉を!」
がたがたっと椅子を後方へ勢い良く倒しながら立ち上がるクロム。顔が赤いのは気のせいではなく、妻のルフレとの間に一子を設けても尚、こういった方面の話題には免疫がなく、純情だった。
おかげで何を言うのだと息子を睨み付けてもまったく迫力がなく、マークはそのまましゃべり続ける。
「でも父さんは母さん一筋で他の女の人なんて目もくれませんし、母さんは母さんで手当たり次第自分好みの男性を食い荒らす訳でもなく、フレデリクさんに溜息を吐かれるくらい父さんと相思相愛ですもんねえ」
不思議だなあと、とっくに平らげたタルトの皿を前にして考察(と、言っていいのだろうか)を深める息子に、クロムの隣で首筋まで赤く染め上げ、何も言えずにいたルフレが遂に動いた。ひゅん、と鋭く風を切る音がする。
「わわっ?!」
「ま、マーク……! 親を、か、からかうのは、やめなさいっ!!」
「わっ、わっ、ちょっと疑問に思っただけだってば母さん! フォーク投げないでよお行儀悪いよっ」
「お行儀が悪いのはあなたの方です!!!」
普段は穏やかで、いきなり成長して現れた子供たちにも慣れ、優しい母親ぶりが堂に入ってきたルフレだが極度に恥ずかしがりなところがあり、特にクロムとの仲を冷やかされることを嫌がる。
ましてや今の自分が産んでおらずとも、息子であることに違いはないマークに夫との熱愛ぶりを臆面もなく指摘されては、冷静でいられよう筈もない。
タルトを食べるために用意されたフォークを壁に刺さる勢いで投げ、それが尽きると何故か手近にあったダーツの矢を次々と投げつける。
狙いは少しも定め切れていないからマークは難なく躱している。たださすがに母を怒らせてしまったらしいと、遅まきながら悟った彼は、軍師を目指す優秀な頭脳で、この場でもっとも適切な戦略を導き出す。
戦略的撤退。……すなわち、逃げること、である。
「すみませんー! 反省してきまーす!」
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