どこにも行かせるものかと、彼は言った - 1/5

 嫌な天気だ。
 ロンクーは自警団の詰所内にある訓練場で上を見上げて、ほんの僅かだが眉をしかめた。
 空は重々しい灰色で、数日前の晴天とは雲泥の差だった。雲が流れていくのも早い。嵐になるかもしれない。
 早いところ日課の素振りを終わらせてしまおうと、深く呼吸をして姿勢を整えてから、再び一心不乱に愛剣を降り始めた。
 ペレジアとの戦が、無事にイーリス側の勝利で集結してから数ヶ月。ロンクーは未だにここ、イーリスの聖都に留まっていた。
 ロンクーが自警団の客将扱いとなった当初の目的は果たされたのだから、フェリアへ戻ってもよいのだが、当面聖王国を離れるつもりはなかった。

 理由は二つある。まずは自警団に派遣されることが決まった際、バジーリオに『イーリスをよく見てこい』と言われたこと。
 この言葉を額面通りに受け取ってはいけない。豪放なバジーリオは家臣や部下への指示も大雑把だ。ゆえに周囲の者は、彼が求めていることをよくよく汲みとった上で、自ら考え行動せねばならなかった。
 今回は、新たにイーリスの統治者となるクロムの人柄から、国内の諸勢力の中で力を持っている者、今後頭角を現しそうな者まで、とにかく神竜ナーガを守護竜として崇める『イーリス聖王国』という国について、同盟国という色眼鏡なしに冷静に観察し、見極めることを要求しているものと思われた。
 バジーリオは義侠心に溢れた人物だが、それだけではああも長く西フェリアの王として君臨し続けることはできない。
 劣勢のイーリスと手を結び、自国の軍を貸し与え、共にペレジアと戦ったのは紛れもなく善意からの行動だが、善意以外も忘れないのが、ロンクーを拾い、自分の後継者として育ててくれた男である。

 そして、ロンクーにとって聖都に残っている最も大きな理由は、大事な女ができたからだった。
 ルフレ。先日妻にしたばかりの、この自警団の軍師である彼女の才覚は、フェリア両王も一目置くところだ。
 彼女は今、イーリスの復興処理にかかりきりになっている。新婚早々別居状態、などというのは到底歓迎できることではないので、自然な流れでロンクーもフェリアに帰らず、再編を進める自警団で新入団員の稽古などを引き受けて日々を過ごしていた。
 女嫌いだった彼が、いきなり手紙でルフレと結婚したとだけ知らせたものだから、バジーリオからは祝福半分、俺に一言の相談もなしとはどういうことだという叱責半分の返信と共に、祝いの品が山程送られてきた。
 確かに、式も何もなく、司祭の立ち会いのもとで誓いをしただけという、あんまりと言えばあんまりな『結婚』だ。
 急ぎすぎたという自覚はある。だが、急がなければならない事情があったのだ。何故なら――――。

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