「……本当に、よく寝てるな」
<ルキナ>と同じく、何故か妙な期待を浮かべた表情の侍女に出迎えられ、クロムは勝手知ったる妻の部屋に足を踏み入れた。
居間兼応接間として使っており、自室でくつろぐ際は一番多くの時間を過ごす場所。ルフレはそこにある長椅子の上で、心地良さそうに微睡んでいた。
意識がない姿を見ると、攫われた彼女を取り戻したものの、命の灯火が今にも消えそうな状態で寝台に横たわっていた時の絶望を思い出して、今でも時折恐ろしくなることがあるのだが。
今日のルフレの寝顔は、クロムの中に残る根深い不安が馬鹿らしくなるくらい幸せそうだった。
一連の事件が解決してから、皆の前では平気そうにしているくせに、ひとりになると気落ちしていることが多かったので、いい夢を見られているなら何よりだ。
日当たりが良い特等席の長椅子で、先日ようやく手に入れられたと話していた稀覯本を読んでいたらつい、心地良い陽気に誘われてうたた寝してしまったというところか。
すぴー、と呑気な寝息まで立てているルフレのどこが『か弱いお姫様』なのか、一度娘に聞いてみたい気もするが……子どもの夢を壊すのも野暮だろう。
(控えめなようで結構負けん気が強いから、そっちの印象に引っ張られてあまりか弱く感じることはないんだが……。確かに、<ルキナ>の前ではそういう面を見せていないかもしれんな)
ルフレは、ようやく再会できた娘を、今までの不在の時間を取り戻すかのように可愛がっている。
膝上に抱き上げて本を読んでやったり、子守歌を歌い寝かしつけてやったりしている姿は、はっと胸を突かれるほど美しく、そのような慈愛に溢れた母親ばかり見ていれば、おとぎ話の姫君とルフレを同一視して憧れるのも、まあ無理はないかもしれない。
それに実際、クロムの最愛の半身にして妻は、魅力的過ぎて困ってしまうくらい可憐だ。
つらつらとそんなことを考えながら、そっとルフレの側に跪く。午後の日差しを浴びてきらめく銀の髪を一房掬い上げ、寝顔を覗き込むが目覚める気配がまったくない。
クロムが彼女を害するはずはないものの、少々無防備すぎはしないか。それとも、多少のことでは覚醒できないくらい疲れているのか。
そういえば、近頃やたらと眠いのだと、先日ルフレが口にしていた。食欲も少し落ちているようで心配だったが、彼女は何か心当たりがある様子で、慌てて侍医を呼ぼうとするクロムを大丈夫だと止めていた。
もう少し確信が持てたらお話します、の一点張りで詳しいことを教えてくれなかったのだが、さすがにそろそろ話してくれるだろうか。
「……教えてくれないなら、今日はこのまま寝室に連行するか……?」
小さな呟きだったのに、無意識下で危機感を覚えたのか身動ぎして逃げようとする華奢な身体の上へ、クロムは苦笑を堪えながら長椅子に乗り上げて優しく覆いかぶさった。
眠り姫を目覚めさせるには少々不埒な体勢だが、おとぎ話の王子と姫と違ってこちらは既に結婚し、娘までいる夫婦である。
おとぎ話よりも甘く情熱的で、妻が絶対に目を覚まさずにはいられないような口づけで起こしてやろう。
せっかく愛娘がお膳立てしてくれたのだ。ルフレも、可愛い娘の願いを叶えることに対して嫌とは言うまい。
思う存分役得を享受することに決めて、王子の口づけを待つように、うっすら開いているふっくらした唇を食むクロムだった。
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