夫婦になるまで5 - 5/5

「……君があの子の結婚相手か」
 汗だくで肩で大きく息をしているクロムの背後から、努めて感情を排しようとして失敗したような、反射的に直立不動の姿勢を撮りたくなる威圧感のある声が聞こえてきた。
 そうだ、とクロムはルフレと一緒にいた男が、まだこの場に残っていたことを思い出す。
 ルフレがクロムの存在に気付き、留まるべきか逡巡していたのに、それを無視して車に乗らせた相手。
 ことと次第によってはただでは済まさない。額に浮かんだ汗を手の甲で乱暴に拭い、妻を目の前で連れ去られた抗議をするべく険しい表情で振り返ったクロムは、だがすぐにその抗議の声を飲み込み、ぽかんと間抜け面を晒す羽目になった。
 何故なら、男はクロムと過去に面識がある人物だったからだ。
「ファウダー社長……?」
「……?! 君は————」
 相手も遅れてクロムのことを認識したようで、驚愕の面持ちでこちらを凝視している。
 父が経営する会社のライバル企業ペレジア社。ファウダーはその伝統ある老舗を、さらに大きく発展させているやり手社長として界隈では有名だった。
 父は姉のエメリナを後継者と定めてからは、無駄な争いを生まぬよう、業界のパーティーや大きな集まりには姉だけを伴うようになったので、クロムがファウダーと挨拶をしたのは中学に上がる頃が最後だ。
 だから、あちらはすぐには成長したクロムのことが分からなかったのだろう。バジーリオ曰く、最近クロムは若かりし頃の父に似て来たらしいので、その辺りから当たりをつけたと思われる。
 
(だがどういうことだ……? 何故ファウダー社長がルフレと一緒にいた? バジーリオ絡みでの知り合い……ではないよな。それなら、バジーリオから一言くらい話がありそうだ。なにしろイーリス社とペレジア社の確執は有名だし……)
 
 思いがけない状況で、思いがけない人物と再会したことにより混乱の極みにあったクロムより、先に立ち直ったのはファウダーの方だった。
 軽く咳払いをすると、出て来たばかりの喫茶店を示し、ついて来るよう促す。
「……来なさい。君には色々と言いたいことも、聞きたいこともあるが、道端でする話ではないだろう」
「あ、ああ……分かっ————いや、分かり……ました」
 早くルフレを探しに行きたいと叫ぶ心を、闇雲に追いかけるよりここでファウダーの話を聞くのが最善だと言い聞かせ、どうにか宥めて後に続く。
 途中で思わず敬語になったのは、ルフレを連れ去った許し難い男と憤慨していた態度を改め、見知った目上の相手への礼儀を思い出すべきだと気付いたからでもあるし、ファウダーから再び冷え冷えとした威圧感が漂ってきたからでもある。
 ファウダーはクロムに対して怒っている。間違いなく。
 だがその理由については、まったく見当がつかない。何を言われるのか戦々恐々としながら、鯱鉾ばって喫茶店の入り口をくぐるクロムだった。

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