夫婦になるまで5 - 4/5

 
 電車とバスの乗り継ぎが上手くいったので、思ったよりも早く到着できた。
 ただ、墓地の中にルフレはおらず、墓地内を巡回している管理人に尋ねたところ、気になる話を聞いた。

 ――――ああ、それくらいの年格好の女の子なら午前中に来てたねえ。今時珍しい礼儀正しい娘さんで、ちゃんと挨拶してくれて。え? もう帰ったかって? そうだねえ、私は見回りに出てたけど、男の人と墓地の入り口に向かって歩いてるのは見たよ。いやどんな男かってあんた、そんな食いつかんでも……。うーん、遠目に見ただけだからはっきりはしないけど、四十は超えてたかね。随分顔色の悪い、棒きれみたいに痩せた人で。

 ルフレに関わりがあるそれくらいの年代の男というと、クロムが知っているのはバジーリオだけだ。
 しかしバジーリオは屈強な体躯を持ち、専属トレーナーがいるジム通いを欠かさない、至って健康的な人間である。棒きれのように痩せた、という形容は当てはまらない。
 小学校か中学校時代の教師か、アルバイト先の関係者か、それとも……と、いくつもの可能性を考えて悶々としながらも、仕事の手を止めてしまった管理人に礼を言ったクロムは、再びルフレを探し始めた。
 さほど重量はないはずなのに、沈黙したままの携帯電話の存在が妙に意識されて重い。さっさと電話しろ、と脳内のヴェイクがげしげしと飛び蹴りをかましてくるが、着信拒否でもされていたらと思うと、通話ボタンに手が伸ばせないのだ。
 直接顔を合わせ、平身低頭で謝罪する覚悟は決めたものの、電話となると尻込みしてしまう。
 とりあえず携帯電話の存在は努めて考えないようにして、足を動かすことに集中した。
 墓地の周辺エリアには喫茶店など色々な店が点在しているので、そのどこかに立ち寄っているのではないかと走り回る。
 ルフレが好きそうな可愛らしい外観のケーキショップ、オルガンとステンドグラスが有名な教会、新緑が美しい遊歩道、とにかく手当たりしだいに見て回ったが、どこも空振りに終わった。
 もしかしたら、既に家へ帰ったのかもしれない。そう思いつつもあともう少しだけ探してみようと、荒い息の中、いったん振り出し地点である墓地の入口近くに戻り――――そこでようやく求めていた姿を見つけた。
「あれは――――!」
 ルフレは、重苦しい印象の黒い礼服を着た中年の男の後をついて、喫茶店から出てきたところだった。彼女に何事か話しかけている男は、確かに遠目に見ても痩せすぎである。あれが墓地の管理人が言っていた男だろうが、どこかで見た覚えがあるような……?
 距離があるのと、クロムにちょうど背中を向けているのではっきりしない。ただ、それよりもようやくルフレを見つけられた安堵と、いよいよ彼女に自分の情けなさを曝け出して話をしなければならないという緊張が一緒くたになって喉元へせり上がってきて、その場で少しの間動けなくなってしまった。
 縦に二列のフリルがついた白いブラウスに、紺のプリーツスカートという私服姿のルフレは相変わらず目に毒なくらい可愛いらしい。一方でどことなく沈んでいるように見受けられ、その原因に大いに心当たりがあるクロムは罪悪感で胸がキリキリと痛んだ。
 彼女は店から一緒に出てきた男とまだ話し続けている。すると黒塗りの、いかにも高級車然とした車が二人の前で静かに停まった。
「っ、ルフレ!!」
 男に促されたルフレが車に乗り込もうとする素振りを見せたので、焦って声を張り上げる。汗だくになるまで走り回ってようやく見つけたのに、引き離されてはかなわない。
 するとルフレは弾かれたように顔を上げ、声の主を探すように辺りを見回した。その視線が程なくしてクロムを捉えたのを確認しつつ、棒のようになった足を叱咤して近くにある信号のない横断歩道まで走る。
 彼女との距離は少し遠い。間にこの周辺では珍しい、背の低い樹木が点々と植えられた中央分離帯のある大きな道路が横たわっているのだ。前回訪れた際、道幅の割に交通量はさほど多くなかったと記憶しているのだが、今日に限って何故か大型トラックや一般車が立て続けに通過して、道を渡るに渡れない。
 驚いた様子のルフレの口元が動いた。おそらくクロムの名を呼んだのだろう。
 そうして名を呼んだのはいいものの、次にどうするべきか動きかねて中途半端な体勢で固まっている内に追い付ければ、と思っていると、男が何かを彼女に話しかけ、やや強引に車へ押し込んだ。
「な……ッ⁈」
 ルフレの反応であちらもクロムの存在を認識しただろうに、そこで彼女を遠ざけようとするとはどういうつもりなのか。
「頼む、待ってくれ‼︎」
 焦ってそう叫ぶも効果はなく。強引に道を渡り切る前に、無情にも車は走り出してしまった。
 車のバックドアガラスから、後ろを振り返り何か言いたげな表情のルフレがちらりと見えたものの、それもあっという間に遠ざかっていく。
 クロムが道の反対側へ辿り着いた時には、車は既に豆粒サイズになっていて、到底追いつけそうになかった。
 ようやくルフレを見つけたと思ったのに、目の前で去られてしまったことで、一気にこれまで走り回った疲労が押し寄せてくる。
 激しく動くには向かない、ワイシャツとスーツのままだったのもまずかったかもしれない。一度家に戻った時着替えればよかったのだが、ルフレの書き置きを読んで居ても立っても居られず飛び出してきてしまったから。

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!