どちらがお好き? Black.ver - 7/8

 頭がふわふわとする。掛布をきちんと被って寝た筈なのに、夜気を感じてひやりと感じるかと思えば、反対にとても熱いものが身体中を這い回っているように感じられた。そして何かにのしかかられているように息苦しい。
 思わず身じろぎしたルフレの耳元に、甘い疼きが走る。ぞくりと震えか痺れか分からぬものが全身を駆け巡り、微かな声が漏れた。
「っぁ……ん……」
 あまりに甘ったるく、誘うような響きが始めは自分のものだと分からなかった。けれど続いて素肌に直に触れたざらついた感触のものが、やわやわと胸の膨らみを優しく撫で始めたことで己の口から出た喘ぎに否が応にも自覚せずにはいられない。
「ん、……っん…ふぁ…っ」
 そんな声を上げてしまっている状態に、眠っていた理性が羞恥心という形になってルフレをせっつく。思考は相変わらず緩慢だったが、重い目蓋を必死になって持ち上げた。何はともあれ、現状を認識しなくては始まらない。
 けれど、懸命に何が起こっているのか見極めようとしている彼女の視界に映ったのは――――。
「くろ……む、さ…ん?」
「ああ、ルフレ。目が覚めたのか」
 事態が飲み込めず、呆然と自分にのしかかる男の名を呼んだルフレに、彼女が会いたくて会いたくて堪らなかった青髪の青年は、うっそりと微笑んだ。このところずっと見たいと思っていたクロムの笑顔に、けれど心は不安にさざめく。
 はっきりとは言えないが、昼の間に見せてくれる優しい、ルフレの心をあたたかにしてくれる笑顔とは異なるものを感じたのだ。

(で、も……)

 少し気を抜くとたちまちとろりと落ちかかってしまう目蓋を見開き、常と様子の違うような気がする彼に怯えにも似た感情を抱きながら、それでもその微笑みから目が離せない。あの、黒い石と同じだ。ずっと見つめていたら危険だと、本能は警告しているのに心は逃れようもなく絡め取られてしまっている。
 名を呼んだきり言葉を継げないでいるルフレの頬を包み込み、ちゅ、と音を立ててクロムは熱い何かを口元に押し当てた。
 口付けを、されている。
 そのことに遅まきながら思い至り、たちまち全身が燃えるように熱くなった。しかし混乱はより一層強くなり、相変わらずふわふわとする頭を振って順を追って考えようとするのに、彼はそれを許さない。
 自分は寝台に入っていつもの通り眠った筈。それなのに、何故クロムがここにいるのか。手足をばたつかせようとするルフレに、彼は唇を離し幼い子供が駄々をこねるのを宥めるように――けれど取った手段は子供に対するものではあり得ない――胸のささやかな膨らみを覆う布地の上から、その頂きをかぷりと噛んだ。
「ひあっ?!」
「……薬は、もう少し強くした方がいいみたいだな」
 胸元から顔を上げる瞬間小さく囁かれた言葉は、与えられた予想外の新たな刺激に震え、くたりと力が抜けてしまったルフレの耳にすべては届かない。ただ辛うじて薬、という箇所だけは聞き取れて、「く、すり……?」と呂律の回っていない状態で尋ねたものの、彼は危うさを孕んだ、同時にひどく魅惑的な笑みを向けると、問い掛けには答えぬまま大きな手でルフレの素肌を撫で回す。
 それでやっと自分の状態を認識した。掛布はどこかへ行ってしまっていて、きちんと着込んでいた筈の夜着は乱れ、辛うじて片方の袖はまだ引っ掛かっているものの、左半分はほぼ素肌を晒している。
 胸だけは下着が隠してくれていたが、誰に問わずとも男に寝台に組み敷かれ、半ば衣服を脱がされかかっているこの状況で、自分が何をされようとしているのか。クロムが何をしようとしているのか。いかに記憶がないとはいえ、分からぬほどルフレも初心ではなかった。
 しかし問題は、二人の関係である。
 互いに好き合っているのだと気持ちを伝えはしたし、復興処理に目処がつけば、彼の妻になる約束もした。いつになるか分からない、甚だ不安定なものではあったけれど。それまで恋人ではなく、以前のように聖王代理とその軍師のままでいようということになっていたのに……。
「はぁっ……んっ、だめ、だめ…です……っ」
 力の入らない手でどうにかクロムを押し返そうとするが、弱々しく拒む彼女を嘲笑うように音を立てながら夜気に晒される肌に唇を落とし、肌を撫でさすりながら少しずつ残りの夜着も脱がせてしまおうとする。その度に甘い、今まで感じたことのない疼きが蓄積されていくような気がした。
「くろむさ……っぁ、や、こわ……い…こわい、のぉ」
 ルフレは恐ろしくて堪らなくなり、唯一自由な頭を振る。怖かった。彼女の意志など無視して強引な愛撫を続けるクロムのことも勿論だが、まったく初めて感じる感覚と、素直に反応してしまう身体、拒絶しようとしているのに甘く響いてしまうあられもない声。何もかも自分ではないようで、怖い。
 ついにはぽろぽろと大粒の涙を零し始めたところで、クロムは顔を上げ、目蓋に口付けを落としてから優しく優しく耳元へ大丈夫だと囁き込んだ。
「大丈夫……大丈夫だ、ルフレ。これは夢なんだから」
「ゆ、め……?」
 伝わってくる彼の手の熱さも、全身にじんと痺れのように伝わっていく甘さもこんなにも生々しいのに、夢である筈がない。常の冷静なルフレならそう抗弁しただろう。
 けれど意識が覚醒しきっておらず、何故だか頭もぼんやりと霞がかかったようだった彼女は、今のこの状況を夢だと断じる想い人の言葉を、既に受け入れつつあった。
 潤んだ瞳で見上げるルフレに艶のある表情で微笑みかけると、彼はまた口を開く。
「ああ、夢だ。お前の知っている俺は、こんなことはしないだろう? だから……夢なんだ」
「……ゆめ……」
「そうだ、夢だ。夢なんだから、何も怖がることなんてない」
 頬を伝う雫を啜って優しく優しく囁くクロムの瞳は、いつの間にか見慣れた藍色に戻っているように思われた。つい先程までは見慣れぬ熱が彼の青を常よりも鮮やかにしていて、それもまたルフレを怯えさせる一因だったのだけれど。
 愛しい藍色に再び相見えたことで、混乱と恐怖でぐちゃぐちゃだった心も次第に落ち着いてくる。それを見計らったように、懐から取り出したものを煽った彼に再び口を塞がれた。身を強ばらせるルフレだったが、口元を閉じる前に甘い液体を注ぎ込まれ、反射的に喉を鳴らして飲み込んでしまう。……それは、彼から贈られた薬の味にとてもよく似ていた。
 途端、急速に眠りの精が彼女の意識を抵抗する間もなく絡めとる。ああ、夢の中でも眠るんですね、と思うルフレの耳に、「おやすみ、ルフレ」と呟いたクロムの低い声が届くのを感じながら目を閉じた。

 

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