赤みがさしていた自分の頬がさっと白くなり、表情も暗くなったことに気付かないまま、ルフレはもう一度椅子に腰掛け直し、自室でも肌身離さず身に付けている手袋を慎重に外した。
角灯の光を受けて不気味に光る痣。対称的に配置された六つの目、に見える。ただの痣にしてはあまりに精緻で、今にも瞬きをしそうだ。ぎょろりと目が動いた気がして、ぶるりと震えたあと慌てて手袋をはめ直す。
母は、ルフレが大人になったら父のことも含め事情を話すと約束してくれている。それまでは、とにかくこの痣を誰にも見せてはいけないと言われていた。そんないわくつきの痣なんて、王子様と結ばれるお姫様は持っていない。
しばらく唇を噛み締め俯いていたが、ぱんっ! と軽く自分の頬を叩いて顔を上げる。また日記をめくると、最初の頁には今より拙い字で、こんなことが書いてあった。
――――わたしは、いつかじぶんの『うんめい』とむきあわないといけない、ってかあさまはいつもいうの。それはとってもおもくて、つらくて、にがしてあげたいけど、ずっとそうできるかはわからないんだって。
でも、どんなうんめいがまっていても、わたしにはしあわせになる『けんり』があるってかあさまが。……けんりってなんだろう? もっとほんをたくさんよんでべんきょうしなきゃ。えっと……とにかくだいじなことだってわかったから、わすれないようにかあさまがくれたあなたにもおはなしておくね。
わたしにはしあわせになるけんりがある。
かあさまがいうんだから、きっとただしいの。だからうんめいにまけないで、わたしはしあわせになる。ほうほうはよくわからないけど、こういうのは……うんと、こころがけがだいじ、なのです。
わたしはまけません。
じっとその頁を見つめていたルフレは、インクで少し盛り上がった最後の部分を指先でなぞった。それから先程まで書いていた今日の日付のところへ戻ると、放りだしていた羽根ペンで続きを書き足した。
「――――たくさんお勉強して、困っている人を助けられる立派な軍師になる。素敵な恋をして、結婚して、家族をたくさんつくる。大家族で住めるように大きなお家を手に入れて……母さまにもそこでゆっくりしてほしいな……お庭にはお花がいっぱい咲いていて、本がたくさんある書斎もあって……よしっ!」
一心不乱に書いたのは今後の目標だ。将来住む家の設計まで指定してしまったのは気が早いかもと思いつつ、こういうのは具体的であればあるほどいいのだと自分を納得させる。
口元には笑みを。どんな時も顔を上げて、望む未来を引き寄せるために進んでいく。既にルフレが辿る可能性の先のひとつに幸福が待っていることは分かったのだから、あとは努力するだけだ。
「明日からも頑張りましょう!」
むんっ、と意気込むルフレの背後に伸びる影。机上の角灯が放つ光は、室内すべてを照らすまでには至らないささやかなもので。
そしてそれゆえに影もまだ、その存在を高らかに主張することなく静かにゆらめくのみ。
濃密さを増した闇の顎で、無惨に愛も希望もなにかもすべて食い破られるのか、それとも彼女の母が願ったように宿命を乗り越え、半身と手を取り合って祝福された光の道を歩むのか。
幼いルフレの辿る運命の道筋は、神とも同一視される竜たちでさえまだ定かでなかった。
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