「えっと、今日は大人になった私に会えました、と……」
特務機関内に与えられた自室で、ルフレは机に向かいひとりで熱心に書き物をしていた。
小さな手で綴っているのは今日一日にあった出来事だ。母に贈れられた日記帳に日々のあれこれを記録するのは、ある程度読み書きができるようになってから、余程の事情がない限り欠かさず続けている習慣だった。
召喚される前に持っていた荷物は無事だったので、アスク王国へ来てからもその習慣は続いている。ルフレにとって日記を書く行為は、単なる一日の記録というだけでなく大事な儀式だ。
何かに追い立てられるように一つ所に留まらず、旅から旅への暮らしを続ける母。その母に育てられたルフレには、友人というべき存在がひとりもいない。
母はなるべく人の記憶に残らないようにしているのか、顔見知り程度の人間もおらず、家族である母だけが唯一近しい人で。
物心ついた時には薄々、それはルフレの右手にある不気味な痣――決して誰にも見せてはいけないと、母からきつく戒められているもの――が原因なのだと感じていたから、泣き言や不満を漏らすわけにはいかなかった。
でもある時、今よりもっと幼かったルフレは淋しさを堪えきれず母へ言ってしまったのだ。『わたしも、おともだちがほしい』と。
その時母はきつくルフレを抱き締めて、ごめんなさいと震える声で囁いた。多分、泣いていたのだと思う。
日記帳を贈られたのはそれからすぐ後だ。お友達は作ってあげられないけれど、この日記帳へお友達へ話すみたいに何でも打ち明けるようにしたら、少しは淋しくなくなるかもしれない、と。
「大人の私は、母さまにそっくりだったんですよ。ふふふ、私も大きくなったらあんなふうにキレイで優しい女のひとになれるなんて、なんだか嬉しいです。イーリス聖王国で軍師さまとしてお仕事をしていて……それでね、なんと結婚してお母さまにもなってるんですって。未来が変わってしまうかもしれないからって、詳しくは教えてもらえなかったんですけど、旦那さまはちょっと『でりかしー』がなくてぶっきらぼうで、でもとっても強くて優しいひとだって」
大好きな母と離れている現在、日記帳だけが包み隠さずありのままの心情を伝えられる相手だ。ルフレにとっては母の次に一番長い時間を共に過ごし、母には話せない弱音や泣き言も受け止めてくれる『友達』。
文字を綴ればいいので発声の必要はないのだけれど、つい独りの場合は友達とお喋りをするように声に出してしまう。特に、嬉しいことがあった時はそれが顕著で、ほう、と少し頬を紅潮させながらルフレは息を吐き出す。
「……大きくなったら、私も誰かに恋をして、誰かに私を好きになってもらえて……母さま以外の『家族』ができるんだぁ……」
今はまだ、夜空に浮かぶ月を手に入れるくらい現実感がない話。
アスク王国に召喚された英雄たちは様々な異界から招かれており、同じ英雄でも異なる未来に辿り着いた存在が別個に召喚される場合もある。だからルフレが今日出会った、成長した自分と同じ未来を手に入れられるとは限らない。
でも……それでも。無数の可能性のひとつの中に、希望は確かにあるのだと明確な形をもって示されたことは、ルフレの精神をどうしようもなく高揚させた。
「……あ、浮かれてばかりじゃダメですよね。ちゃんと大人の私みたいに立派な軍師になれるよう、頑張ります、と。……それにしても、クロムさんとお話して軍師を目指したらいいんじゃないか、って言っていただいた後に大人になった私に会えて、軍師としてお仕事をしているのが分かるなんて。もしかしてクロムさん、意外と……えっと『せんけんのめい』があるんでしょうか」
この世界に喚ばれた時、何故か一緒にいたイーリス聖王国のきょうだいたち。ルフレよりは年上ながらも、幼くして女王を務めるエメリナ、最年少で少々お転婆なリズとは同性であること、召喚時の縁で部屋も近く仲良くさせてもらっている。
そしてきょうだいたちの中で真ん中に当たるクロムも、母と引き離されひとり異界に招かれたルフレを気遣って訓練や出撃以外でも何かと一緒にいてくれるのだった。
彼は幼いながらも、王族という身分に伴う責任をしっかりと理解しているだけでなく、とても家族思いだ。国を治める姉を助け、妹を守るためには自分が強くならなければ、と努力を怠らない心優しい少年、なのだが……。
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