ちょこれーと狂騒曲 - 3/3

「――――小さくなった以外、身体は何ともないのか?」

 ぎゅっと目を瞑りかけたところで、意外なほど近くからクロムの声がした。
「くろむしゃん……」
「気持ち悪いとか、どこか痛いとか、何か嫌な感じは?」
 いつの間にか目の前に来ていた夫が、しゃがみ込んでこちらを覗き込んでいる。まだ難しい顔はしていたが落ち着いた低い囁きは労りに溢れていて、心から心配しているのが伝わってくる。
「しゅみませ……ごめい、わくを……」
「こらこら、答えになってないぞ。……俺のために、あー……ちょこれーと、だったか? 珍しい菓子を作ってくれようとしたんだろう。怒ってないから、そう自分を責めるな」
「で、でも…………ちゅーぼう、こわしちゃいました」
「あー……まあな。でも、これで『お揃い』だ」
 しゅん、としてしまったルフレの頭をボンネット越しに撫でて、クロムが苦笑する気配がした。お揃い、の意味がよく分からなくてのろのろと顔を上げれば、いつもルフレを安心させてくれる深い青の瞳には少しだけ悪戯っぽい光。
「俺が壁やら何やら壊す度に、いつもお前とフレデリクに説教されてるだろう? 今度はお前も叱られる側だから、『お揃い』。夫婦でひとつ、共通点ができたなルフレ?」
「ぴゃ……っ?!」
 訓練で度々壁を壊すクロムを共に注意していた、彼の幼い頃からの守役である騎士。常に柔らかな笑顔で物腰穏やかな、騎士より執事と言った方がしっくりくる騎士団長は――――実は、笑顔のまま新人騎士に地獄の特訓メニューを課していく、容赦のない人物でもあった。
 そんな彼のお説教は決して声を荒げない。手を上げるなんてことも絶対ない。普段通り穏やかに、諭すように言って聞かせるだけ、なのだが。笑顔なのにとてつもなく怖いのだ。……あれを、今度は自分が受けると想像して縮み上がる。
「大丈夫、俺も一緒に怒られてやるから」
 涙目になって小刻みに震えだしたルフレを、クロムがそう言って抱え上げた。予告なしの動きに驚いてしがみつく。前髪が少し乱暴にかき上げられたと思ったら額が合わされ、「む……体温がいつもより高いか? いや、<ルキナ>も<マーク>も同じくらいだから、子供は皆こんなもんか……?」とぶつぶつ呟いているのが耳に届いた。ルフレが答えないので、勝手に健康診断をするつもりらしい。
 至近距離で見る夫の男らしく凛々しい顔は見慣れていても大変心臓に悪く、フレデリクのお説教が怖いのと急に抱っこされて驚いたのと、他にも色々混ざりあって何だかもう滅茶苦茶である。
「ふぁ、ふぁたし、げんき、です……っ!!」
「そうか?」
 念押しされたので、こくこくと首を縦に振って思い切り頷いておく。ボンネットがずり落ちてきたが気にしない。小さい手を頑張って突き出して距離を少しでも開けるのが先だ。とりあえず、心臓が危険だから一度顔を離してほしい。
 そう目線で訴えたのが伝わったのか伝わっていないのか、クロムはしばらくこちらを凝視したままだった。ルフレの言葉に嘘がないか確かめるようにひとしきり見つめていたあと、微苦笑と共に抱え直されて距離が開く。
「何ともないならいいんだ。何か症状が出たらすぐ言うんだぞ?」
「は、い……」
 背中をぽんぽんと軽く叩く手つきも声も優しくて、ほっとした。呆れられたらどうしようと心配だったのだ。ああ、やっぱりこの人の腕の中は落ち着く。
 身体の緊張が抜けたのが分かったのか、今度はずれたボンネットを直していた手が流れるように唇をつついた。
「……くろむしゃん?」
「早く、元に戻る方法を探そう。このままじゃ、ここに口づけなんてしたら俺は犯罪者だ」
「…………っ?!」
 一瞬で真っ赤になったルフレは、慌てて顔が見えないようクロムの胸に顔を埋めた。

 ……幼女の心をここまで翻弄するなんて、悪い大人だ。
 八つ当たり気味にそんなことを考えるルフレが元の姿に戻れるまで、さらにもう一騒動、二騒動あるのだが――――それはまた、別の話。

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