「いったい、何がどうしてこうなった……!」
一通りの事情説明が終わっても、到底理解しがたい事態に対して頭を抱えるクロムに、ルフレは「ごめんなしゃい、くろむしゃん……」と項垂れた。舌足らずな高めの声は自分のものとは思えないが、間違いなくルフレ自身が発している。
急いで探してきてもらった、リズのお下がりの子供用ドレスの袖や裾から伸びるのは、短剣一振りでさえ持ち上げるのに難儀しそうなちんまりした手と、自室の長椅子に座っても絨毯敷の床に届かない短い脚。
「いや〜厨房がいきなり爆発したと思ったら、母さんだけちっちゃくなっちゃうなんて、何が原因なんでしょうね? まあ、可愛いですけど!」
「う、うう〜……」
……そう、ルフレは今、何故か三歳程度の幼女の姿になっている。
時を遡ること数日前、訪ねてきたアンナから「実はね……」と差し出された『カカオ』。何でも、海を幾つも越えた先にある大陸で栽培されている貴重な木の実で、砂糖や香辛料を加えて加工すると『ちょこれーと』という素晴らしく美味な菓子になるのだとか。
しかもアンナが今回姉妹の伝手を頼って仕入れたのは、『女の子の恋が叶う魔法がかかった特別なカカオ』で、そのカカオからちょこれーとを作って意中の相手へ贈れば恋愛成就間違いなし、既に相思相愛なら互いの想いがより深まると売り込まれた。
恋が叶う云々は話半分に聞いていたのだけれど、アンナがあんまり熱心なのと――おそらく聖王妃御用達、とかなんとか謳い文句を付けて売り出したいのだろう――、最近山と積み上がった書類仕事や会議ばかりでぐったりした顔をしていることが多いクロムに、珍しい菓子で少しでも疲れを癒やしてもらえたらと思い、三つだけ買い求めたのだ。
(『お疲れのクロムさんに甘いものを差し入れしましょう』って、ルキナ達とちょこれーとを作っているときは普通だったのに……。アンナさんにもらったおまけのお酒を私の作った分に垂らしたら、火炎の魔導書が暴発したときみたいな衝撃が起こって、気がついたらこんな姿で……)
厨房の壁が見事に吹き飛び、ルフレの身体は何故か縮んでいた。一緒にちょこれーと作りに勤しんでいた娘達には、近くにあった小麦粉の袋が破れて髪や服が粉まみれになった以外、ほとんど被害がなかったのが不幸中の幸いではあるが。
問題は、何が起こったのかは一目瞭然でも、どうすれば元に戻れるのか皆目見当がつかないことだ。
「小さくなったお母様はとてもお可愛らしいですけど……このお姿のままでは何かと支障がありますよね」
「ですよね〜。このまま父さんと母さんがいちゃいちゃできないと、この時代でも僕たちふたりっ子のままですよルキナさん、大変です! 父さんと母さんには小さい僕等にたくさんきょうだいをつくってほしいのに――――っ痛ぁ!」
無言で弟の耳を引っ張るルキナと、「ぼうりょくはんたーい!」と抗議するマークはこんな状況でも相変わらずで、お馴染みの光景に少しほっとする。
二人……特にマークは、間近で起こった爆発に気を失ってしまった<ルキナ>を姉と一緒に介抱し、びっくりして泣き出してしまった<マーク>を宥め、幼女並みに縮んでしまったルフレの為に服を用意しようとリズを呼びに行き、彼女に幼い姉弟を託して、と実にてきぱき動いてくれた。今も、敢えて普段通りの振る舞いでルフレの気を紛らわそうとしているのかもしれない。
そして、しばらく仲が良い子犬か仔猫が元気よくじゃれ合うような応酬をひとしきり交わした後、二人はミリエルとサーリャにそれぞれ助けを求めるという結論に達して部屋を出て行った。
「……」
「…………」
残されたのは離れた場所で難しい顔のまま唸っているクロムと、クッションに埋もれるようにしてひとり長椅子に座るルフレだけだ。
(クロムさん……困ってます……。そう、ですよね。厨房はしばらく半分くらい使えないですし、こんな姿じゃ部屋の外に出られなくてお仕事ができませんし……。クロムさんにご迷惑を……)
気持ちがどんどん沈んできて、クロムの顔が見られない。身体が小さくなると心の動きまで幼子のようになるのだろうか。世界の終わりが来たように悲しく、涙が滲みそうになる。
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