それは、アンナ商会が遠方の大陸から仕入れた『恋が叶う魔法のカカオ』がイーリス城内で一騒動を起こす、少し前の話。
とある休日、妻のルフレの姿を探していたクロムが、嗅ぎ慣れない甘い匂いが気になって奥向きの厨房へ赴くと何故か息子二人に阻まれた。
「とーさん、このさきはめー! なの」
「通りたくば可愛い僕たちの屍を超えて征け、ですよ〜」
「なんだなんだ、どうしたお前たち」
クロムならひょいと片手で抱えられてしまう小さな身体で、懸命に両手を広げて通せんぼをしている<マーク>と、その隣でイタズラ真っ最中と言わんばかりに大変いい笑みを浮かつつ、やはり先へ進ませまいとするマーク。
二人は生まれた時間軸が異なれど同一の存在であるためか、人懐っこい性質のためか、兄弟のように仲が良い。一緒のいること自体はおかしくないのだが、何故奥向きの厨房に繋がる廊下で門番よろしく立っているのか。
しかも、途切れ途切れに聞こえるあの楽しげな笑い声は……。
「あの声、ルフレやルキナ達だろう。厨房で何か作っているのか?」
「うーん、残念ながらお答えできませーん」
「できませーんっ」
「いやいや、あのな? 俺はルフレに用があって探していたんだ。予算の資料について聞かれたはいいが中身は部下に丸投げしてた所為でまともな応答ができない上役みたいな返答で誤魔化すんじゃない」
「わーお、その個別具体的な例えを上げての切り返し、父さん相当イライラが溜まってますね? どこの子爵? それとも伯爵ですか? 未来の天才軍師マークにちょっと名前を耳打ちしてくれればチョイチョイと弱みなり不正の証拠なり探してきますけど」
「だから、お前は嬉々として密偵の真似事をせんでいい――って話を逸らすな!」
「あれれ、バレちゃいました?」
あっけらかんと笑う息子は悪びれもせず、両手を広げて肩を竦めてみせた。なお、小さな<マーク>の方はこのやり取りの間、仁王立ちのまま。何かの使命感に燃えているようだ。本当に、この先の厨房では何が行われているのだろう。
若干の疲労感を覚え無言になったクロムが、ずい、と構わず通り抜けようとしたら、「おっと」「とうさん、めー!」とまた二人がかりで止められた。
「いやー、父さんほんと困りますって。僕達だって母さんとルキナさんとちっちゃい<ルキナ>さんに頼まれてるんですから。しばらくこの先の厨房は男子禁制です、って。今は勘弁してください」
「男子禁制……ということはお前達も入れないのか。どうして大人しく引き下がったんだ、マーク。いつもなら上手く丸め込んでちゃっかり自分も参加してるだろう?」
「ええ〜! その言い草、父さんの中での僕の印象について、後でじっくりお話したいところですけど……。仕方がないんですよ〜。うちの最高権力者は母さんですし、弟は姉に逆らえないものです」
「いや、お前の中での俺の立ち位置がどうなってるのか、俺こそ聞きたいぞ……?」
権力をひけらかすつもりはないものの、一応、と付けなくても自分はこの国の聖王の筈だ。前々から思っていたが、息子の父親に対する扱いについて家族会議が必要ではないだろうか。
その後押し問答を繰り返したが埒が明かず、マークはともかく小さな<マーク>の方を無理に押し退けていくのも憚られたのでいったん引き下がることにしたクロムだったが。
「だいじょーぶ、大丈夫! あとでちゃんと母さんといちゃいちゃできますから!」と請け合う胡散臭い笑みに、そこはかとない不安を感じたのだった。
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