「ルフレ……」
行き場を失い惑う小さな子供のように掠れた声でクロムは己が半身の名を呼んだ。この場にはいない彼女に焦がれるように。縋り付くように。
エメリナを眼前で失って、魂の抜けた人形のようになっていたクロムに再び息を吹き込んだのはルフレだった。放心状態のクロムの手を取り、私があなたを支えますと強い光を宿した瞳で訴え、抜け殻のようだったクロムを立ち上がらせた。
あれから。
あの失意と絶望に呑まれ降りしきる雨の中、命からがらフェリアに辿り着いたあの日から。
クロムの半分は、ルフレに生かされているようなものだ。
依存心とも執着とも言えるその感情は、既に芽生えていた彼女への淡い恋情と結びつき絡み合い、今ではクロム自身にすらひたすらルフレを求めるこの想いが、愛なのか恋なのかどうしようもない執心なのか判別し得ない。
ただ分かっているのは、ひとたび彼女を失えば今度こそ自分は立ち上がれないだろうということ。
だから、ひどく愛おしそうに指輪を見つめるフレデリクの姿にクロムは激しく狼狽し、せり上がってくる焦燥に突き動かされるまま、何の前触れもなくルフレの部屋を訪れ求婚したのだ。
きつくきつく細い彼女の身体を抱き締めていたから、表情は見えなかった。否、見たくなかった。拒絶も同情も戸惑いも、その色素の薄い瞳に浮かぶことに堪えられなかった。
『俺は……お前がいなければ駄目なんだ』
弱々しく告げたその言葉は紛れも無いクロムの本心ではあったが、同時に――自分への嫌悪感で吐気がするほどだが――打算もあった。
ルフレはまだ覚えているだろう。姉を失って腑抜けのようになっていた自分を。それ故に、クロムが必死で縋れば彼女は拒むまいと。
果たして、ルフレはクロムからの婚姻の申し出を承諾した。
やさしく微笑む彼女の心が何処にあったのか。確かめることもできたが、恐ろしさにクロムは問うことをしなかった。だからなのかもしれない。
ルフレをこの腕に抱く権利を得たのはクロムの筈なのに、未だに胸を刺す痛みは消えない。それどころかむしろ、より一層強さを増して、心の臓の場所を主張し続ける。
「ルフレ……俺は、」
迷い子のように、打ちのめされた敗残者のようにクロムは小さく声を漏らす。
……ただどうしようもなく、ルフレをこの手で抱き締めたかった。
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