恋着 - 2/3

 

 ルフレを妻に迎えることにした、と。

 それを幼少期から側近く仕えてくれているフレデリクに伝える時、らしくもなくクロムは緊張していたし、後ろめたさがあった。自分がとんでもない薄情者のように思われたのである。

 だが不意打ちのようにそう告げても、男は常と変わらぬ穏やかさで「そうですか」と応じたのみであった。

「おめでとうございますクロム様。民も喜ぶことでしょう」

……お前も祝福してくれるか? フレデリク」

 執務机の上に両肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せたクロムは目の前に立つ男じっと見据えた。

 きっちりと撫で付けられた髪、やわらかく細められた鳶色の瞳。鎧の下の上衣は襟元まで閉じられており、僅かな乱れもない。

 リズとクロムが幼い頃から兄妹の世話を焼き続けた彼と、寸分違わぬ姿。

「勿論ですとも。ご幼少のみぎりよりお守りしてきたクロム様が花嫁を娶られるとは……。感慨深いですね」

 しみじみと呟くフレデリクの様子は、普段とまったく変わりないように見える。

 しかし、変わりがないのはむしろおかしいのだ。静かな表情で言葉を紡ぐ男に、机を叩きつけて嘘を付くなと叫び出したい衝動に駆られた。

 勝手な話だが、露ほども動揺を見せぬ涼しい顔に腹が立つ。

(それなら、お前の持っているその指輪は何なんだ?)

 目にしたのはほんの偶然だった。

 人気のない廊下。彼は懐から小さな箱を取り出すと、まるで宝箱の中身を覗き込むような仕草で蓋を開いた。

 きらりと何かが陽光を反射して。遠目でも、それが指輪なのだと認識したのと同時に、胸の内でどす黒い炎が燃え上がるのを感じた。

 フレデリクとルフレが近頃二人だけで何事かやっているのは知っていた。特にこの頃ではやけに親密そうで。

 誰に対しても落ち着いた、穏やかな物腰を崩さない彼が、ルフレに対してだけ少しずつ少しずつ『違う』反応を見せるようになったのはいつからだったか。

 おそらく、はっきり気付いたのはクロムだけだ。

 幼い頃から近しい存在だったフレデリク、出逢って幾許も経たない内に十年来の親友のように心を許し、いつしかそこにどうしようもなく激しい恋情が加わったルフレ。

 二人の存在を日頃から強く意識していたからこそ、長年側近く仕えてくれている騎士の変化を敏感に察してしまったのかもしれない。

 些細な仕草や表情、目線の動きひとつひとつが、彼の心情を表しているようだった。

 故に、指輪が誰のために用意されたものなのかは敢えて問うまでもない。

 なのに、たとえ主君が相手だろうと、指輪を渡そうと決断するほど好いた女性を横からかっ攫われて、何故ここまで普段通りに振る舞えるのだろう。

 ルフレの細い指を、他の男が選んだ指輪が飾っているところを想像しただけで自分は気が狂いそうだというのに。

「お前も早く妻を娶ればいい。騎士団長がいつまでも独り身では、下の奴らが結婚しづらいだろう。指輪を渡すような相手はいないのか?」

「残念ながら。私はクロム様とリズ様をお守りすることが第一ですので」

 恨みがましそうな顔のひとつでも見せてくれればまだ救われた。焦って、取り乱して、いっそ罵ってくれさえすれば。

 だが彼の返す言葉のひとつひとつ、仕草の一挙手一投足まで完璧だった。

 主君の婚約を心から祝う、忠実な騎士そのもの。

 退出を求めるフレデリクにどうにか平常心を保ったまま応えを返す。最後まで非の打ち所のない騎士ぶりで礼をして、彼はゆっくりと扉を閉めた。少しずつ彼の姿が扉の隙間に隠されてゆくまでの時間が永遠のようだった。

 静かに扉が閉まる音でクロムはようやく詰めていた息を吐く。

 両親を早くに亡くし、姉も幼くして聖王の位を継いだ。そのため幼い兄妹の守役になったのがフレデリクだった。

 師を戦で亡くしたクロムの剣の稽古に付き合ってくれるのは彼だし、国軍というものを無くしてしまったイーリスで、自分が率いる自警団を作りたいと提案したクロムに、無茶だと諌めることもせずすぐさま副長に名乗りを上げたのも彼だ。

 クロムにとっては単なる臣下というより過保護な兄のような、とても近しい存在。

 その彼の幸せを祈らぬわけではない。だが。

送信中です

×

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!