God save my dearest - 3/4

「ふう……」
 堅苦しい正装の襟元を緩め一息つくと、慣れ親しんだ感触とは異なるそれを伝えてくる寝台へと身を投げ出す。
 ここにフレデリクでもいれば、服が皺になるだのなんだのと小言が飛ぶのだろうが、幸い彼のことは城に残ったルフレの為にと、イーリス城へ留まるよう指示してきた。
 代わりに随行に選ばれた侍従は当初張り切ってクロムの身の回りを世話しようとしたのだが、大抵のことは自分でできてしまう主君に自信を喪失し、フェリアに着いて早々に式典の前以外は構わなくていいと追い払われていた。
 気配を探ってみたが、今では扉の前と隣室の続きの間、この客室に面した中庭辺りに護衛の人間が詰めている程度だ。その位ならば許容しなくてはならないだろう。
「……着替えるか」
 ひとごちて、このまま睡魔に身を任せたいとごねる体を宥めすかし寝台を降りる。独り寝の夜など久々なので、どうにも落ち着かない。婚姻の契りを結んでからこちら、これほど長くルフレの側を離れたのは初めてのことだった。
 湯浴みはさすがに億劫だったので、身体を拭くだけにとどめた。拘束着に等しかった正装を脱ぎ捨て、寝衣に袖を通す。
 ふと左の手に嵌った指輪が淡い月の光を受けて頼りなげに輝いたような気がして、クロムは同じ装飾を身に着けているだろう、離れた故国の妻を想った。

 ――――お前が何者でもいい。ただ、俺の側にいてくれ。

 一度は泣いて自分の求婚を拒んだルフレを、クロムは折れるほどに抱き締め、懇願するようにそう告げた。ただただ必死だった。ここで一歩でも間違えば、彼女を永遠に失う気がした。……まるで泡沫の如く。
 ルフレがどのような素性なのか。あまり過去を語ろうとしない彼女の代わりに、クロムへそれを伝えたのは姉のエメリナだった。ただし、あくまで推測に基づいたものであったが。
 
『……ルフレさん、でしたね。彼女はギムレー教団にとって、重要な役割を持っている可能性があります』
『重要な役割……?』
『ええ。彼女の右手の甲には、痣があると聞きました。対称的な六つ目の印。代々の聖王のみに口伝で伝えられてきた、あの言い伝えが真実なら……』
『姉さん?』

 言い澱んだ姉は、結局その続きを口にしないまま逝った。王城に侵入した何者かが、国宝の炎の台座を奪って行くのと同時に暗殺したのだ。
 奇しくもそれは、『あなたも、ファルシオンの継承者であるなら知っておかねばなりません』と、真剣な面持ちで告げた姉が、重大な話があるとクロムを自室に呼んだ、その夜のことで。それ故に、姉が何を懸念していたのか永遠に知る術を失った。
 だが、クロムにとってそんなことは関係ない。ルフレ自身が悪意を持って世界を滅ぼそうとしているだとか、誰かを傷付けたというなら話は別だが、彼女がそんな真似をしないことくらい、出会って幾許も経たない内に分かっていた。
 ならば、重要なのは彼女が何者なのかなのではなく、彼女が何をしたかだ。
 軍師として常にイーリスと、民の為に戦ってくれたルフレ。
 姉が暗殺され、涙すら流す暇もなく新たな王として立つことを求められたクロムを、必死に支え続けてくれたルフレ。 
 自分の祖国でもない聖王国の為に身を削り、見返りに何を求める訳でもなくずっと側にいてくれた彼女に、いつしかクロムは焦がれるように恋をしていた。
 否、もしかしたら、炎に焼かれる村で賊に囲まれた彼女を助けた時から既に惹かれていたのかもしれない。
 誓いを交わし夫婦となった今でもルフレへの恋情と愛情は弱まることなく、むしろより一層激しさを増して、クロムの中に在る。
 彼女を諦めることなどできなかった。失うことなど耐えられなかった。
 それは今も変わらない。

 武骨な自分の手にはあまりに不釣り合いな繊細な輝きを宿す装飾を、窓から差し込むうっすらとした月明かりに翳す。
 この指輪で彼女を縛り、己すら持て余す身勝手な想いを彼女に押し付けたのは自分だ。
 だがルフレはそれを赦した。そして今も赦し続けている。うっとりと目を細めて幸福だと微笑む彼女にこそ、クロムは幸いを感じた。不安など忘れるくらい幸せにしてやると、ルフレに告げたのはクロムだというのに、いつも彼女から幸福を与えられてばかりいる。
 だから、彼女に罪などない。罪人がいるとすればそれは自分だ。

(だから……たとえこの想いが罪だとしても。どうか罰は――――俺だけに)

 そしてルフレを、彼女を傷付け苛むすべてから守らせて欲しい。
 祈るようにクロムは華奢な指輪に唇を落とす。この祈りが聞き届けられるならこの身が引き裂かれても構わないと、ただそれだけを願って。

 

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