……それが、数刻前の話。
それから現在に至るまでクロムはぐるぐると思い悩んでいた。
可愛い娘の願いとあれば叶えてやりたい。ルキナは彼女がいた未来の話をする時、ひどく悲しげで暗い顔をする。
クロムが志半ばで倒れ、仲間たちも次々と散っていったという世界。まだ大人とは言い切れない白くたおやかな少女の手で剣を握り、彼女はどれほど傷付いてきたのだろう。まだ両親に甘えても許される年だ。それなのに、彼女にはもう寄りかかるべき相手がいなかった。
だから、ルキナが笑ってくれるならどんなことでもしてやりたい。して、やりたいのだが。
「……まさか、ルフレとの馴れ初めを教えてくれと言われるとは思わなかったぞ……」
独り言ちて、クロムは頭を抱えた。
クロムとルフレの婚姻は、二人が共に戦勝の英雄であることもあり庶民の間では非常に歓迎された。それだけでなく、ルフレに過去の記憶がなく行き倒れていたところをクロムが助けたということ、そして互いに見目麗しい年頃の男女だということも相まって、吟遊詩人や芝居の一座は好き勝手に二人が結婚に至るまでのあれやこれやを詩や芝居や絵物語にして触れ回ったのである。
政務の息抜きにと、こっそりルフレと共に城下を訪れたクロムも面白半分に芝居小屋を覗いてみたのだが、直ぐに回れ右をしたくなった。
曰く、記憶がなく途方に暮れていたルフレが賊に攫われそうになっていたところを颯爽と現れたクロムが助け、互いにひと目で恋に落ちた。
曰く、素性の知れない彼女が王族であるクロムと結ばれることは許されないと周囲に反対されながらも、愛し合う二人を引き裂くことはできず却って想いは募るばかりだった。
もうそれだけで背中が痒くなるが、極めつけはペレジアとの戦争が終結した後の、ルフレへの求婚の言葉である。
舞台上では作り物の夜空と月を背景に、跪いてルフレの手を取り、クロムは(勿論どちらも劇団の人間だが)二人の気持ちが同じなら何も恐れることはないと、彼女への愛を高らかに謳い上げていた。
『……この愛が罪だというならその罰は俺ひとりが受けよう。お前を愛している。未来永劫、お前だけだ、ルフレ。ああ神よ、俺の愛しきルフレをどうか永久に守り給え!!』
終いにそうクロム役の男優が口にするに至っては、「誰のことだ!!!」と辺り構わず叫び出しそうになった。どうにか最後まで平静さを装って芝居小屋を出たのだが、通りに戻っても顔から熱が引かず、しばらくは手を握ったままのルフレの顔をまともに見られなかったほどである。
あれが世間一般でいう聖王夫妻の『馴れ初め』だとするならば、ルキナも似たような想像をしていてもおかしくない。記憶喪失の美しい女性を妻として迎える王子というのは、どうにも人々の妄想を逞しくさせる何かがあるらしい。……実際は、それほど劇的でも物語のようでもなかったのだが。
(むしろ……俺が情けないことばかりしていたな)
腕を組み、ルフレに求婚するまでの経緯を頭の中で辿ってみる。
経緯その一。
街道にほど近い草むらの中で暢気に寝ていた彼女を文字通り『拾った』。
そして何故か自分の名を知っていたルフレを不審者扱いし、聖都へ戻る道すがら、野宿の際に熊肉――野趣に富む味わい深い食材ではあるが、会って間もないうら若き女性に振る舞うものではない、らしい――を食わせた。
経緯そのニ。
軍師として自警団に加わった彼女に、女に見えないと暴言を吐き、石を投げられそうになった。
経緯その三。
ルフレの入浴中に制止も聞かず天幕へ押し入り、一糸纏わぬ彼女の姿をまともに視界に収めてしまった(その後しばらく、自警団内の女性からは禄に口を聞いてもらえなかった)。
経緯その四。
今度はこちらの裸を見られ、あまつさえ彼女が悲鳴を上げるまで自分が何も着ていないことに気付かず平然としていて、ルフレに周囲の物を手当たり次第投げつけられた(そして見られたのはこちらなのに、フレデリクに満面の笑みでこってり絞られた)。
更に彼女への求婚というか、愛の告白は、クロムがルフレへの気持ちを持て余し、はじめて芽生えた感情にどうして良いか分からず彼女を避け続けたあげく、問い詰められ半ば自棄糞気味に白状したというものである。
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