燦然と眩いばかりに輝く太陽。
祖国イーリスではありえぬほどじりじりと肌をさす日差し。
潮の香り。
足元の慣れぬ砂の感触。
周囲を埋め尽くす熱砂の先には、一面の蒼海。
それらを余すことなく全身で感じながら、常と異なる服装、否、ほとんど裸同然の姿をしたクロムは身を灼く日の光に辟易としつつ、思わず腰の辺りに手を伸ばし――求めるものがないことにすぐ気付いて、ばつの悪い思いをしながらむっつりと腕を組んだ。
剣を扱える年頃になってからはほとんど肌身離さず身に着けていたイーリスの至宝、ファルシオンは今クロムの元にない。
まあそれは当然といえば当然で、水着姿でそんなものを携えていたらただの不審者である。「当ビーチは安全でございます」という受付係のにべもない一言で、この砂浜に足を踏み入れるものはすべて、武器の類は外で待機している輸送隊に預けるようになってしまっているのだ。
クロムが落ち着かないのは実のところそれだけの所為ではないのだが、愛剣を一時的にせよ手放してしまっているという状況に理由付けを求めてしまっている。
「母さんもルキナさんも遅いですねえ……。水着に着替えるのにそんなに時間がかかるんでしょうか」
「あ、ああ……そうだな」
やはりクロム同様、肌をほとんど露出した格好で隣に佇むマークにぎこちなく返答を返す。
そう、水着。水着である。
今日も今日とて、クロム達は行軍の傍ら屍兵退治に精を出す――のではなく、一行が滞在しているのはとある異界。しかも、これまでの様に魔符達の争いの場ではなく、至って平和そのものの、水着姿の男女で賑わう海だ。
海といえば泳ぐ。泳ぐといえば水着。そういう訳で、クロム等一行は普段のそれぞれの職種に合わせた服装ではなく、泳ぎやすいようにと皆水着に着替えている。
既に大半の者は、ほとんどが初めてとなる海水浴に興奮しながら思い思いに水と戯れていた。残るはクロムの娘であるルキナと、彼女に半ば引き摺られるようにして連行された妻のルフレくらいのものだ。
灼熱の太陽が照り付ける中、もう大分待っているのだが未だに彼女達は現れない。
「うーん……父さん、僕そろそろ干からびてミイラになりそうな気がしてきましたよ……」
「ああ……そうだな」
うわの空で応じるクロムの視線の先には、周囲と同じく水着姿の女性。上衣の形は袖を切り落としたワンピースに似ているが、スカートに当たる部分はワンピースどころでなく短い。
隣で「もう、父さんさっきからそうだな、ばっかりじゃないですか!」とやや立腹しているマークを放って、クロムは妻がその水着を纏ったところを想像してみる。
いつもならば神軍師の肩当と外套に覆われてほとんど(太股の僅かな部分以外は)布地の下に隠れている滑らかな真白い肌や、引き締まったしなやかな足の曲線、思わず抱き寄せたくなるような細腰……。
(い、いかん。なんて想像をしてるんだ俺は……って、いやいや待て、俺達は夫婦だぞ? 今更水着くらいでどうこう……)
「あ、ルキナさん! 母さん!」
「すみません、お待たせしました」
「お、お待たせしました……」
(ええい、来るなら来い!)
耳に届いた待ち人の声に、クロムは訳の分からぬ内心の掛け声とともにえいやと振り返った。もう自棄だ。何せ事故とはいえ、互いに裸まで見せ合ったこともあるのだ。それに婚姻を結んでからは夜、閨の中で幾度となく素肌を晒した。今更恥ずかしがることではない。その、筈だ。
しかし、そう思って妻と娘の姿を視界に収めたクロムはすぐに石になった。
「わあ! 母さんもルキナさんも素敵ですね!」
「ふふ、ありがとうございますマーク。……ほら、お母様。恥ずかしがられていては駄目です。きちんとお父様にお見せしなくては」
「で、でも駄目ですルキナ! 私こんな格好なんて……や、やっぱり無理で……きゃっ」
もじもじと娘の後ろに隠れていたところを彼女に押し出され、手を伸ばせばすぐに抱き締められそうな距離にルフレが来た。
身に着けているのは確かに水着なのだろうが、つい先ほどまでクロムが想像していたものよりも大分布地の面積が狭い。というか、露出している部分が多い。
「あ、あのクロムさん……そんなにまじまじ見ないで下さい……」
赤面してせめてもの抵抗にか肩をすぼめ、腕で胸元を隠すようにしているが、却ってそれが逆効果だ。三角形の濃紺の布地がふたつ、それを吊るすように肩に掛かる紐。それから下履きは腰で結ぶような形になっていてそちらも同じ青い布が使われている。肌を覆うものといえばそれだけ。
長い髪も今日はルキナがしたのか、ひとつに纏めて高く頭上で結い上げられている。よって、普段は見えないほっそりとしたうなじまで露わになっている。
ごくり、と自分が唾を飲み下す音がやけに大きく聞こえた。
白い。とても白く、そして眩しい。
宵闇の中、甘い睦言を囁きながらクロムがいつも存分にねぶっては紅い花を咲かせるルフレの肌が、彼女を見下ろす視界いっぱいに広がって――――――。
「く、クロムさん? 大丈夫ですかしっかり……きゃあ?!」
「お、お父様!」
「父さん?! わわっ、大変だ!」
鼻の辺りが妙に熱い。
自分の名を呼ぶ妻と子供たちの焦燥に満ちた声を聞きながら、クロムの意識はゆっくりと遠くなっていった。
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