……とても、幸せな夢を見ていた。
こたつに入って、ついうたた寝をした時のように全身が暖かいものに包まれているような、でもそれだけではなく、満たされて全てが完璧だという多幸感に溢れた夢。
そこに割り込んできたギジジジ……チン! という耳慣れた家電の音に意識を引っかかれて、ぼんやりルフレは瞼を持ち上げた。
多分、キッチンから聞こえてきたトースターの音だ。ルフレが子どもの頃から使っているトースターは最近ちょっとお疲れ気味で、時々こんな風に耳障りな音を立てる。
(……あれ……? でもどうしてトースター……もう、朝……?)
何故かすごく眠たくて、頭に靄がかかったような状態で見回した室内は薄暗かったけれど、カーテンの隙間から差し込むのは眩しい朝日だ。
……何だろう、身体のあちこちが痛くて、特に下肢が重だるい。うぅ、と唸ったら声も掠れていた。
枕元にある目覚まし時計へ手を伸ばすと、時計のディスプレイには既に八時と表示されていた。平日なら遅刻確定の時刻。
一瞬焦ったが、時計に表示された曜日は日曜日、つまりは休日だ。とはいえ普段よりちょっと遅い時刻ではある。
もしかして先程のトースターの音は、お腹をすかせたクロムが先に起きて、パンでも焼いてくれているのかもしれない。
クロムは休みの日でも朝が早く、子どもの頃からの習慣らしいランニングに始まる朝稽古を欠かさない。
ルフレも朝は強い方なので、彼が稽古に出掛ける頃に起きて支度を始め、稽古を終えて帰ってくる頃にはちょうど朝食が完成しているという休日のルーティンができつつあったのに、結婚して約ひと月、初めての朝寝坊である。
早く朝ごはんを作らなきゃ、と起き上がろうとして、うまく力が入らないのに気付く。とにかくあちこち痛くて重怠くて、ひとつひとつの動作にいつもの倍以上の時間がかかるのだ。
あえて言うなら筋肉痛、のような……。だが、昨日はそんなに激しい運動をしただろうか?
確か昨日は母のお墓参りに行って、それで……と順番に記憶を辿っていくうちに、昨夜のことが鮮明に蘇ってくる。
我慢しなくていい、と伝えた後、クロムはルフレをベッドに押し倒し、ずっと『待て』をさせられて、やっと好物のご馳走にありつけた、みたいな勢いでむしゃぶりついてきて————。
「————へあっ?!」
そこから先に待っていた光景に堪えきれず、思わず色気のない悲鳴をあげて、ルフレは起きあがろうとしていたベッドに再びもぐり込んだ。
羽毛布団を頭まですっぽり被ったのは羞恥心が限界を迎えたからなのだが、昨夜の行為はしっかり脳裏に焼き付いていたから、あまり意味はない。
……どうりで、全身があちこち痛むし、声も枯れているわけである。
痛みより羞恥心の方が勝り、次々思い出してしまう昨夜のあれやこれやを何とか逃がそうと、布団を被ったままごろごろベッドの上を転がる。
『優しくない』クロムの破壊力は、何というか、こう……色々、色々凄かった。
これまでどれだけ我慢していたのだろう。
男性とそういうことをするのはクロムが初めてなので、当然比較しようもないのだが、経験のない痛みと快感でルフレが息も絶え絶えの中、彼は何度も何度も求めてきて、なす術もなくただクロムに揺さぶられ、甘い悲鳴を上げ続けるしかなかった。
最後は、気を失うように眠ってしまったと思う。自分でパジャマを着る気力も体力も残っていなかったはずなので、多分下着も含めてクロムが着せてくれたのだろう。
その光景を想像すると、さらに羞恥心が増殖して脳内を走り回り始めたので、回転速度が上がった。
「うぅ〜〜〜〜〜!」
ひとしきりベッドの上を転げ回った後、下肢の痛みが辛くなってきたため、今度は枕をぎゅうぎゅうと抱き締めて唸る。
それをしばらく続けて少しは落ち着いたので、ぽすん、と今度は枕に顔を埋めた。
すると沸き起こってきたのは、途方もない幸福感。
初めての行為はやっぱり痛くて、何なら今日はしばらく動き回れそうにないくらいだけれど、大好きなひとにあれほど求められ、愛されたことで、これまでの不安は綺麗さっぱり吹き飛んだ。それに、何より。
(……私、ちゃんとクロムさんの奥さんになれたんですね……ふふ……)
身体を繋げたからそれで夫婦だ、となるわけではない。でも、やはり二人でありのままの気持ちを曝け出して、互いに求め合ったことで、より相手への想いが深まった気がする。
ただ婚姻届に名前を書いただけ、一緒に住んでいるだけの、夫婦という名が付いた同居人ではなく。
これから先、同じ道を長い時間をかけて共に歩いていく、本当の夫婦になれた、と思うのはさすがに気が早いだろうか。
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