家族に、夫婦になるってどういうことだろうと、自分なりにずっと考えていた。
親子二人、母と一緒にいた頃の『家族』とはきっと違う。
お互いに好きになって、手を繋いでデートをして、でもお互い別々の家に帰っていた『恋人同士』の時とも違う。
ずっとずっと一緒にいる約束をして、同じ家に帰って来て、同じご飯を食べて一緒に眠る。それがこれからも続いていく。
多分、二人で一本の樹を育てるようなものなのかもしれないな、と今日やっと思い至った。
樹をちゃんと大きくするには、片方だけが世話をしていても駄目で、二人で協力し合わないといけない。
嵐が来たら、ひとりでは樹を守りきれなくて折れてしまうし、水や肥料もひとりだけだといつの間にか偏って、樹を腐らせたり枯らせてしまうだろう。
どういうものが実る樹にしたいか、変に遠慮したりせず、お互いちゃんと意見を言い合って、食い違いがあったら擦り合わせて。
そうして育てていけば、樹はやがて大きな枝を広げて、その下で家族を憩わせてくれるに違いない。
「————そう、か……。無理して、格好をつけなくても俺たちは家族だし……夫婦だから、少しくらい情けなくても……お前に幻滅されたりしないのか」
「もちろんですよ。むしろその方が嬉しいです。だから……えっと、今日はが、我慢しないでいいんですよ……?」
しばらくルフレの言葉を反芻している様子だったクロムは、やがて憑き物が落ちたように表情を緩めた。
その深い安堵が滲んだ、柔らかい微笑みにどきりと心臓が跳ねる。
どうしよう。インバースのように……とはいかずとも、もっと大人の女性のように余裕を持って『お誘い』をしたかったのに、頬が一気に熱くなって、しどろもどろになってしまった。
でも視線は外さない。ルフレも、自分の気持ちを、欲しいものをちゃんと伝えるのだ。
「……っ、その……いい、のか……?」
「は、はいっ! 今日は大丈夫な日ですし……!」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……?! こう、お前の体調とか気持ち的なことを聞いたんだが……————っ!」
薄暗がりの中でも分かるほど赤面して、この後に及んでぐだぐだと煮えきらないクロムの口を、ルフレは実力行使で物理的に塞いだ。
上手なキスの仕方を知らないので、歯がちょっとぶつかったけれど、構わず両腕を彼の首に巻き付ける。
「っん……」
昨夜、クロムがしてくれた大人のキスはとても気持ちが良かった。真似しておずおずと舌を差し入れ動かしてみたのだが、いくらも経たない内に強引に顔を離されてしまう。
むぅ、と頬を膨らませて不満を表明すると、ますます顔を赤くしたクロムはルフレの肩に手を置き、何かを堪えているような様子でこう言った。
「………………あのな、ルフレ」
「はい」
「俺は、今まで、ずっと、我慢、してた」
「もうっ。我慢しなくていい、って言ってるじゃないですか」
「―――だからっ!」
一語一語、噛んで含めるような口調に、分からず屋の旦那様へ遺憾の意を表したルフレだったが、少し強めに遮られ――くるりと世界が回転した。
背中には、ひと足早く夏仕様に変えたシーツのさらさらした感触。クロムの後ろには、ナチュラルなデザインの時計が掛かっていた壁ではなく、時計とテイストを揃えた照明がぶら下がる天井。
押し倒されたのだ、と気付いた時にはもう、はあ、と堪えきれないものをそれでもどうにか逃がすように、ルフレの顔のすぐ近くでクロムが息を吐いたところだった。
その吐息の熱っぽさと、深い青の瞳に宿る獰猛な光に、身体の中で何かが疼く。
「…………ずっと、我慢してたのに。お前にさっきみたいに煽られたら……優しく……できなくなるだろう……」
低い声で囁かれて体温が一気に上昇するのを感じながら、彼が愛おしくて堪らずに手を伸ばした。
その手が今度は振り払われないと、確信を持てるのが幸せだ。昨夜の行為はルフレにとって未知のことばかりで、少し怖くもあったけれど、いつもと違って強引に自分を求めてくれるのが嬉しかった、と言ったらそれも煽っていることになるのだろうか。
やせ我慢をして、愛しい少女に触れるのを限界ぎりぎりまで堪えてきた男を煽ったらどうなるのか。
いまいち理解していないルフレは危機感なく、そんなことを考えていた。
ただ、こんなにクロムが余裕をなくしているのは自分の所為だ、という確信だけはあって。心がチョコレートみたいに甘く蕩けていく。
もっともっと、自分のことを欲しがってほしい。
優しくなんてしなくていい。そんな余裕もなくすくらい、ただがむしゃらに、見境なく求めて欲しい。
身の裡から沸き起こる衝動に突き動かされるまま、クロムの頬を包み込んで素直な気持ちを口にした。
「……やさしくないクロムさんも欲しいです……」
「――――っ、お前、な…………!」
ぐ、と一瞬動きを止めてクロムが呻いた。恥じらいを含んだ甘えるような囁きは相当な破壊力なのだが、色々無自覚なルフレは気付いていない。
そのまま、噛み付くようなキスが首筋に降ってくる。何度か繰り返される度にそこから甘い痺れが全身に伝染していくようで、小さく甘い嬌声を上げるルフレの耳にも吸い付きながら、「……後悔しても知らないぞ」と低く低く囁く彼の声を聞いた、と思ったのを最後に。
ルフレは嵐に飲み込まれ、クロムの言う『ずっと我慢していた』という言葉の意味を、身を持って体感することになるのだった。
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