Under the Rose ifルート「許されない恋」【サイト連載版】 - 3/3

 

ゆびさき


 

 裂いた敷布の端で肌の上に散ってしまったものを丁寧に拭っていたクロムは、乱れた息を整えようと浅く呼吸を繰り返すルフレの目元に唇を寄せ、つい先刻までの行為の激しさが嘘のように優しく舌で舐めた。ふるり、とほんの少しだけ身体が震える。
「……悪い。痛かったか?」
 尋ねているのは互いに貪り合った交接のことではなく、その前に彼が何かに焦れるようにしてルフレの目元を布切れで覆い隠し縛った方だ。おそらくいくらか赤くなっているのだろう。快楽の余韻から抜け切れないでいるルフレはただぼんやりと問いかけに首を振る。その瞳は愛しい男に与えられた淫楽でぐずぐずに蕩けていた。

 こうして紗幕をぴたりと閉じ重苦しい濃密な暗闇の中、陽の光の下では赦されない時間をふたりきりで過ごす度、いつもルフレは怯え、恐れ、後ろめたさから逃れられなかった。その怯えはルフレに快楽に浸りきることを許さず、身体は常にどこかこわばっていて、共に達しても余韻に浸る間もほとんどなく、夜明け前にクロムに自室へ戻るよう促すばかり。その度に彼が苦しげな表情を浮かべていたのを知っている。知っていたけれど、だからと言って彼からの貪り尽くすような愛撫にすべて委ねてしまうのは怖かった。
 ……もう、戻れなくなってしまいそうで。
 けれどそんなルフレの理性のささやかな抵抗も、今夜あっさりクロムにねじ伏せられてしまった。いいや、違う。彼の所為にしてはいけない。確かに五感のひとつを奪われて感覚が鋭敏になってしまってはいたけれど、それは実のところルフレの中にずっとあったものなのだ。彼はただ、枷を外しただけ。
 いつもは聞こえる筈がないのに、嬌声が響いてしまうのではと声を殺すために口元に当てていた手のひらは、身体の隅々まで知り尽くしたクロムの的確な愛撫であっという間に意味をなくした。奪われた視界、感じるのは肌や最も敏感な部分を蹂躙する彼の唇、舌の熱さ、指の感触、耳朶に熱に浮かされた声で囁きを注ぎ込む吐息のどうしようもなく身を侵していく甘さ。
 それらがもたらそうとする容赦のない快楽の波にルフレはあっという間にさらわれ、あられもなく啼いては身体を跳ねさせ、焦らされることに耐え切れずはしたなくも自分からクロムを求めて――あとはもう、本能のまま快感に溺れてしまった。

 何も、考えられない。
 ひとつの寝台で互いの温もりを感じながら朝を迎える、自分達はそんな幸福な恋人同士ではないから夜が明けきる前にクロムは自室に戻らなくてはならないのに、今夜はそんなことすら思い浮かばず、頭の中はあるひとつのことだけでいっぱいだった。
 傍らに身を横たえて、ルフレの身体の下に腕を回して抱き寄せるようにしているクロム。その指先で背骨をひとつひとつ腰の方から首筋へ、また首筋から腰の方へとゆっくりなぞる彼の温もりが、もっと欲しい。もっと、もっと。
 常のようにすぐ自室に戻れと言われないからか、クロムの指は先刻ルフレを支配してぐちゃぐちゃにした情欲の火をまた燃え立たせるように背骨を辿るのをやめ、全身を這って彼がつけた朱い印を確かめていく。決して服で隠せない部分にはつけないが、その分布で覆える所はほとんどと言っていいくらい刻まれた痕。ルフレがクロムのものだという所有の証を。
「……ルフレ」
 そしてもう片方の手、その指先を彼はルフレの口元にあてがった。まだ少し蜜にまみれているのは彼がルフレの中を掻き回して執拗に攻め立てた名残。「綺麗にしてくれるか?」と掠れた低い声で請われうっとりとした表情のまま、素直に長い指を咥え込む。
「……っん、ちゅ……」
 まずは人差し指。ぬめった指に舌を絡め、側面も指の腹も隅々まで舐め取る。仕上げとばかりに強く吸い上げるとするりと抜き取って、クロムはまた別の指を差し出すのでそちらも同様に清めていきながらふと彼を見遣ると、深い藍色の瞳に情愛の炎がちろちろと未だ燻っているのが思考を溶かされたルフレにも分かった。
 彼もまだ、自分と離れがたく思ってくれているのだとますます舌遣いも大胆になっていく。これまでなら理性の方が勝って、こんな、別の行為を連想させるような真似はしないのに。
 その間にも朱い痕をなぞる指先は止まらず、火照りの収まらない身体はそれだけで感じてしまい甘い疼きに震える。そうすると歯が当たってしまうのか、本当に僅かにクロムは顔を顰めたがどちらの指先もルフレから離そうとしなかった。
「……っはぁ……ん……」
 最後の指まですべて綺麗にし、最後に一際きつく吸ったところで、ふとこの薬指は彼がいつも指輪を嵌めている指だと思い出す。今は外されているが聖王家の文様が彫られた精巧な作りの指輪。ルフレはもう身も心もすべてクロムのものなのに、クロムはルフレだけのものではない。その、何よりの象徴が昼の間はこの指にある。
 本来なら彼はもうひとつの指輪を嵌めた聖王妃のもの、そして何よりこの国と民すべてのものだ。何故なら彼は聖王なのだから。目の前で喪った姉から受け継いだ祖国を彼が捨てられないことは分かっているし、捨てて欲しいとも思わない。けれど心の奥底ではずっと……苦しかった。
「ルフレ……?」
 戸惑ったようなクロムの声がする。気が付くとルフレは清め終わり引き抜かれようとした節くれだった薬指を自分の手のひらで縋るようにして包み込んでいた。彼が無理に引き剥がそうとしないのをいいことに、丹念に舐め上げたばかりの指全体をもう一度咥え込んで執拗に舌を絡ませる。
 愛して、欲しい。自分を。自分だけを。

「……っ……くろ、む……さ……ん、くろむ……さん……」

(だれも……みないで……わたしだけ、を……)

 ――――わたしだけを、みて。

 愛しい男の指を口に含んだままくぐもった声で彼の名を呼ぶ奥にあるのは、紛うことなく「女」としてのルフレの本音だった。今まで強固すぎる理性の壁に囲われ押し隠されて、ずっと表に出てこなかった妬心。
 印を付けたい、と思った。
 ルフレの場合、身支度は自分で行うから服で見えない部分であれば他の人間に知られてしまうことはないけれど、クロムは別だ。だからこれまで一度も、彼がルフレにするように印を刻んだことはない。クロムも身の回りのことは侍従の手を借りずとも自分でできるが、聖王として謁見や公式行事に臨むこともある。その時ばかりは周囲に任せない訳にはいかないが、妃を遠ざけている彼の肌に明らかに情事の名残を伺わせる痕が認められてはまずい。非難されるのが自分だけならいいが、クロムの名に少しでも傷を付けたくない。
 ああ、でも、とそれまで舐め上げるか吸うかしかしていなかった指の根元へルフレは容赦なく噛み付いた。さすがに驚いたのだろう、勢い良くクロムが引き抜いた指は今度は蜜ではなくぬらぬらとした唾液で濡れていて。唇との間に銀色の糸が長く伸びた。そして歯を立てた場所にはくっきりと痕が付いている。ルフレはうっそりと微笑んだ。
「ふふ……これなら……ゆびわ、しても、わたしの印の方が先……ですよね?」
「ルフレ、お前……」
「わたしはくろむさんのもので、くろむさんはわたしのもの……ですから印、つけないと……っんん!」
 辿々しく言葉を紡いでいた唇を、今度はクロムのそれが強引に塞ぐ。すぐ舌が入り込んできて、やや性急にルフレのそれを絡め取ると今度は焦らすことなく何度も何度もきつく吸われた。激しい水音。応えるルフレにあるのはただただ歓喜だけだ。燃え上がろうとする火を阻む理性はもうとっくの昔にどこかへ押し流されてしまっていて、「女」としてのルフレは彼に貪欲なまでに求められ期待に震えて悦んでいる。
 ぎしりと寝台が鳴った。再び敷布の上に押し倒されのしかかってきたクロムの瞳に燻っていた熱は、今や紅々と燃え盛っている。その熱が欲しい。もっと、もっととねだる己の声に抗う術をもうルフレは知らない。だから「……何が欲しい?」と何かを限界ぎりぎりまで堪えているような彼の二度目の問いへの答えは、今度はすんなり口をついて出た。
「くろむさん……くろむさんが、ほしいです……もっと、めちゃくちゃにしてくださ……っ、は……あ、ぁぁんっ……!」
「ルフレ……っ! ルフレ、――――」
 耳朶を甘く食まれ、落とされた囁きにルフレは恍惚として、自分の指に絡む彼のそれを固く握り締めた。

 ……どうか離さないで欲しいと言葉には出さず伝えるように。
 
 

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