どちらがお好き? Black.ver - 3/8

 天幕の中は光が遮られて日中なのに薄暗く、中央の辺りに置かれた小さな卓の上の水晶球が、淡い光を放っているだけだ。この空間の中にいると、目の前の老人が何か只者でないように感じられ、ルフレは知らず知らずのうちに息を詰めていた。
 腰掛けるように言われ、素直にそれに従うと、前回のようにすぐ占い始めず、老人はがさごそと端の方を引っ掻き回している。水晶球は卓の上にあるけれど、占うのに他の道具でも必要なのだろうか。
「おお! あったあった、これじゃこれじゃ」
 しばらくルフレを座らせたまま何かを探しているようだった彼は、ルフレが声を掛けようかどうしようかとそろそろ迷い始めた頃、ようやく狭い天幕の奥から戻り、手に持っていたものを差し出した。
「……? 石、ですか?」
「なんじゃその顔は。こいつはの、ただの石ではないぞ。今まで数多くの悩める乙女を導いてきた、素晴らしく霊験あらたかな石じゃ」
 芝居がかった口調で説明されたものの、いくら眺めてもとてもそのように効果があるものには見えない。白と黒、まったく正反対の二つの色を持つ楕円形の石は、なめらかな表面につややかな輝きを宿していて、綺麗なことは綺麗だが、それだけだ。
 しかし老人はおほん、と儀式張った咳払いをすると、ルフレと向き合う形で腰掛け、右手には黒い石を、左の手には白い石をそれぞれ乗せ、彼女へ示しながら厳かに語り始めた。
「さあ娘さんや、お前さんを悩ませておる相手の男を思い浮かべてみなさい。目は瞑っての」
「は、はい……」
 言われた通り、目蓋を閉じクロムのことを思い浮かべる。占い師がこの口調で話し出すと、何故か逆らえないのだ。職業柄、人を惹き込むのが上手いのかもしれない。
 
(クロムさん……好き、だいすき、なんです……)

 胸の奥から愛おしさが溢れて止まらなくなる。自分と彼の名以外、記憶がまったくなく空っぽだったルフレにすべてを、それこそこんな愛しさも、苦しさも、切ない想いすら与えてくれたクロム。
 一度気付いてしまった恋心は、最早どうすることもできないくらい、ルフレを深く捕らえてしまって離さない。ほとんど顔を合わせない日が数日続いただけで、不安に襲われるほど。
 まだまだ戦災からの復興もこれからの段階で、軍主と軍師が私情を交えて幸せに浸る訳にはいかないと、分別を発揮したのは自分自身だったというのに、情けない。それでもこれが、心偽らざる彼女の本音だった。
 彼ともっと一緒にいたい。話がしたい。笑顔が見たい。彼にして欲しいことがたくさん、たくさんある。
「さあ、目を開けてよいぞ」
 言われるがままルフレは伏せていた睫毛を持ち上げた。視界に映るのは、先刻までと同じく老人の手に乗った二つの石。けれど違うのは、その内のひとつが、片方の石よりやけに強く、まるで誘うように抗い難い光を放っているように感じられることだ。
 これは、いったいどういうことなのだろう。訝しがる彼女の瞳を覗き込むようにしながら、老人は儀式張った口調のまま尋ねる。
「……娘さん。先ほどは、これがただの石だと思っていたようじゃが、今はどうかの」
「え? あ、はい。あの……」
「片方の石に、とても強く心惹かれるじゃろう」
 こくり、と声には出さずルフレは頷いた。その通りだ。最初に見た時は何の変哲もない、普通の石のように思えたが、今は違った。

「娘さんの気を惹いたのは、どちらの石か……選んでみなさい」

 静かに促され、ルフレはもう一度老人のしわだらけの手のひらに乗った石をじっと見つめる。
 ひとつは、白い石。降り積もった雪の冷たい感じの白とは異なり、柔らかく、温かみのある色だ。心が穏やかになりそうだと、そう感じる。
 もうひとつの石は黒。夜空よりも更に深く、星の瞬きすら感じられない闇色。吸い込まれそうで不安になるが、かと言って目を背けるのも何故か躊躇われる。

 ルフレが選んだのは――――。

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