幸福、それは絶望の序曲 - 1/2

 イーリス聖王国の中心、聖都では主だった通りという通りを大勢の人々が埋め尽くしていた。それこそ聖都中の人間が集まってしまったのではないか、というほどの人出である。皆揃って興奮気味で、中にはいかにも田舎から出て来たばかりといった少年少女等もいる。これから行われる一大行事を見ることを楽しみにしていたのだろう、随分と浮き足立っていた。

 そんな中、大勢の人でごった返す聖都の大通りにあってその人物の姿は異質だった。何しろ全身黒ずくめで、まるで闇から抜け出てきた様なのだ。聖都を上げての祝宴に備えて都中のあちこちに飾られた華やかな花々、色とりどりの装飾とはあまりにも対照的過ぎる。それに、顔が見えないようすっぽりフードを被っているので、さらに奇異な印象を見る者に与える。
 普段であれば人の出入りの激しい聖都だ、そう珍しいことでもないものの、今日ばかりは周囲とは完全に異質である。皆少しでも前で、これから聖都中を練り歩くある行列を見ようと押し合いへし合いしているし、服装も慶事に合わせて明るい色合いが多い。
 それなのにそのフードの人物は、人混みから少し離れたところで黒一色の外套を身に纏い、通りの角にある店の壁にもたれかかるようにして、他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
 すると、恋人との待ち合わせに遅れそうで、櫛も通していないぼさぼさの頭を撫で付けながら走る青年が、狭い通りから勢い良く飛び出して来る。きょろきょろと周囲を見渡し、そのまま人混みの方へ駆けて行こうとして――――フードの人物と肩がぶつかった。

「おっと、悪い!」
「いや……」

 辺りのざわめきに紛れてしまいそうな小ささで発せられた含みのある低声。男の声だ。淡々と、いっそ冷たささえ感じる響きに青年は一瞬鼻白む。彼の方に一瞥すらくれないので、何か一言言ってやろうかと思ったが、そんなことをしている場合ではなかったと、慌てて恋人を探して走りだした。

(……ったく、何なんだよ感じの悪い男だな。こんなめでたい日に辛気臭い格好しやがって)

 心の中でそう毒づいたが、彼を見つけて頬を膨らませながらも大きく手を振る恋人に、青年はだらしなく笑み崩れ、すぐに怪しい風体の男のことなど忘れてしまった。
 そう、何しろ今日はこの国の新しい聖王(まだ継承の儀は済ませていないが、民の認識としては聖王だ)と、吟遊詩人がよく謳う恋物語そのままに運命的に彼と出会い、結ばれた聖王妃――――二人の婚儀の当日という、イーリスにとってまたとない吉日なのだから。

 

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