自分の気持ちを人に聞いて確かめるのは止めましょう。

 『恋する乙女』というのは大変可愛らしい響きだが、これを成人男子としてみるとまったくもって可愛くない。むしろ、気持ち悪い。

 それを、今まさにガイアは実感しているところだった。

 昼間の場末の酒場という、似つかわしくない場所で照れくさそうに頬を染め、しきりに卓の上に投げ出した手を組み替えているのは、このイーリス聖王国の王子であるクロム。

 相談したいことがあると言われ、何故か城ではなく、自警団の拠点でもなく、どこか違うところで言われ、馴染みのこの酒場まで連れて来たのはつい先ほどのこと。話を持ちかけてきたのはクロムなのに一向に口を開かないが、今日声を掛けられた時から、どういう用件かはなんとなく分かっていた。

 王子でありながら自警団団長も務めるクロムの異変は、ここしばらく、ガイアが身を寄せることになった自警団の団員たちの間でも、語り草になっているのだ。

「な、なあ、ガイア」

「おう、どうした? 相談があるとか言ってたが」

 注文したエール酒の杯が空になるほどの間、何か言いあぐねていたクロムがようやく話し始めたので、内心面倒だと思いつつも先を促してやる。

 それでもしばらくどう続けたものか悩んでいるようだったが、ぼそぼそと彼にしては珍しく小さな声で呟かれたのは。

……俺は、何か新手の病気になったんじゃないかと思うんだ」

………………………………………………はあ?!」

 奥手な王子殿下の恋愛お悩み相談が始まるのだと思っていたガイアは、予想の斜め上を行くクロムの『相談』にたっぷり間を置きよくよく意味を反芻しきった後、呆れと驚きが入り混じった素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そんな反応に気圧されたのかぐっと口を噤んだクロムは、しかしすぐにつっかえながらもどうしてそう思うに至ったのかを解説し始めた。

「いや、近頃……その、ルフレのことを考えると……こう、胸が苦しくなってな。会いたくなって堪らなくなるんだが、いざあいつの姿を見ると今度は心臓が破裂しそうになって、結局逃げ出してきてしまうんだ。おかしいだろう? 侍医にも相談したんだが、なんとも言えない表情でしばらく黙られた後、フレデリクに話してみろと言われて……。だがフレデリクはフレデリクで自分の教育が足りん所為だとか泣きながら訳の分からんことを言い出すし、リズに聞いたらお前のところへ行ってみろ、と」

(元凶はお前かよ、リズ!!)

 目の前の男と同じく、王族でありながらまったく王族らしからぬ王女の『えへへーガイアさんごめんね、お兄ちゃんのことよろしく!』という声まで聞こえてきた気がして、思わず王城の方へ向かって悪態をつく。まったく、とんだ厄介事を押し付けてくれるものだ、あの王女様も。

「あー……、あれか、クロム。ルフレとちょっと手が触れたりしただけでどきどきしたり、あいつが他の男と話してただけでむかむかしたりしてないか?」

「すごいな、ガイア。本当にその通りなんだ。今じゃあいつが傍にいなくても苦しいし、あいつと一緒にいても苦しいし……どうしたらいいと思う?」

 どうしたらいいかじゃねえ! と、とっくの昔にがたがきている卓をひっくり返さないようにするのは、多大な努力が必要だった。おそらく今のこの時間だけで大量の糖分を消費したに違いない。なんという浪費だ。

 雨の中打ち捨てられた子犬のような目で見つめられても、古典的な『恋する乙女の悩み』と同じ心境を吐露されても、クロムは男。何故ふるいつきたくなるような極上の美女でも、可憐な愛らしい少女でもなく、とっくの昔に成人している朴念仁男の手助けなぞしなくてはならないのか。

「つーかだな……ここまで言っておいてそれでも気付かないって、お前も相当だぞ? クロム」

「何がだ?」

 まったく自覚なしに返されて、がくりとガイアは肩を落とした。王子ともなれば美しい女性が黙っていても寄ってきて、それこそよりどりみどりだろうに。なぜここまでの超貴重種ができあがってしまったのかが分からない。

 何はともあれ、一度は成り行きとは言え敵側についていて、後ろ暗いところもある自分を自警団に迎え入れてくれた恩義のある団長殿である。柄ではないがここはひとつ、恋の橋渡し役を務めてやるしかないだろう。

 ただし、後で報酬は、面倒事を押し付けてくれた王女様にたっぷり請求することにして。

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