聖王陛下の特効薬 - 3/3

 

 手紙の主と異なりまったく裏がない、純粋無垢な眼差し。しっかり手を繋いで、ぱたぱたと走り去っていく我が子たちを見送ると、暖かな午後の日差しが差し込む室内は、微妙な沈黙に包まれる。

「ーーーーあー……ひとまず、座るか?」

「は、はい……

 思いがけず訪れた夫婦水入らずの時間を徒に消費するのはもったいない。ルフレに声をかけ、少し迷ってから二人がけのゆったりした長椅子に腰を下ろす。その途中に小さな円卓から失敬した茶器一式で紅茶を準備し、並んでしばらくカップを傾けた。

 ちょうど飲み頃で、渋みも苦味もなく茶葉の風味が楽しめるいい淹れ方だ。ここ最近はこうしてゆっくり茶を味わう余裕もなかったので、紅茶の温かさが喉を通り抜け身体中に伝わっていくにつれ、気持ちもほぐれていく。

「クロムさん、体調は大丈夫ですか?」

「ん? まあ、忙しいは忙しいが、それはお前もだろう?」

「でも……

 いつの間にか先にカップをソーサーへ戻していたルフレが、手を伸ばしてクロムの頬に触れた。ほっそりした指先が、労わるように目元をなぞる。

「目の下の隈、すごいですよ。お疲れなんでしょう?」

 そう心配そうに口にする彼女こそ、きちんと採寸してから取り掛かったに違いないドレスが緩そうだ。仕立て屋の仕事に手ぬかりがあったわけではなく、あまりの忙しさに痩せてしまったのだろう。

 今は夜会用の細身のドレスだから顕著に分かるにしても、普段のクロムならその前に気付いた筈で、最愛の妻の変化を察せないようでは夫失格である。

 仕事の能率云々とマークは手紙に書いていたが、それ以前の問題があるぞ、と我が子から指摘されたようで恥じ入るばかりだ。

 ふ、と微苦笑して、クロムは頬に添えられたルフレの手に己のそれを重ね、ゆっくり目を閉じて息を吐いた。

……ん。そう、だな。最近は少し、仕事をし過ぎたかもしれん」

「やっぱり。仕事のことは私も気になりますけど、子どもたちがせっかく時間を作ってくれたんですもの、休憩しましょう? 膝枕、します?」

「いや、せっかくの魅力的な誘いだがやめておく。その格好で膝枕なんてされたら、仕立て屋に恨まれそうだ」

…………? ~~~~っ!? く、クロムさん!!」

 最初は意味が分からなかったらしいルフレは、クロムが意味深な目つきでドレスの胸元ーー首まで詰まってはいるが割合はっきりと胸の形が分かるーーを凝視し続けたことでやっと察した。

 頬を薔薇色に染め、幾分健康的な顔になった彼女は立ち上がり逃れようとしたものの、クロムが手を離さず逆に引っ張ったので再びソファに沈む。

 小さな悲鳴を無視して抱き寄せれば慣れ親しんだ甘い香り。肺いっぱいに吸い込んだ。それだけで疲れが消えていく心地がするのだから、自分は結構単純だな、と思う。

「俺の特効薬は、やっぱりルフレだな」

 柔らかな髪に頬を擦り寄せて囁けば、ぎゅっ、と抱き付かれた。顔は見えなくなったものの、髪の隙間から覗く耳は真っ赤で。そんな状態で「……私の特効薬もクロムさんですよ」などと囁き返されると、こう、色々堪らないものがある。

 だが今は、衣服越しに互いの温もりを感じながら、ただ微睡みに身を委ねよう。最愛の半身を癒し、癒されて。そうしてお互い日々の執務にまた戻る。

 ただし今度は、ここまで疲れを溜め込む前に特効薬を摂取する時間を取らなくては。

 そう胸中で呟いたクロムは、束の間の休息のため、愛しい体温を腕に抱いて目を閉じた。

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