談話室までの道すがら、実は何か悩みがあるのではないかと<ルキナ>からさりげなく聞き出そうとしたのだが、クロムの話術では無理だった。
結局、にこにこと愛くるしい笑みを浮かべている娘の他愛ない話に相槌を打っているだけでもう目的地である。
奥向きにある談話室はいくつかあるが、<ルキナ>が茶の用意をさせたのは美しい噴水と植栽のある中庭を眼下に臨む、日当たりのいい部屋だった。
洒落たレースのテーブルクロスが掛かった小さな円卓と、座り心地のいい長椅子と揺り椅子、あとは冬用の暖炉といくつかの細々した小家具がおかれただけの、こぢんまりした室内は少人数で語らうには最適だろう。
円卓上にはコゼーを被せられたポットや二人分のカップとソーサー、三段式のトレイに綺麗に盛り付けられた茶菓子。ただ、支度をしてくれた侍女は既に下がったのか、室内は無人である。
どうやら給仕の人間は控えず、親子水入らずでとの配慮らしい。これはやはり、<ルキナ>は父親に相談事があるのではないか。
「なあ、<ルキナ>。一緒に休憩だとは言っていたが、本当に何か相談したいわけじゃないのか? 困っていることがあるなら……」
「? いいえ、何もないですよ?」
きょとん、と片方に聖痕が浮かぶ大きな目を瞬かせた<ルキナ>は、思ってもみないことを言われた、という様子だ。
まさか本当に、父親と茶の時間を持ちたかっただけ、なのだろうか。しかしどうも娘の性格と矛盾するようで解せない、とクロムが思っていると、いきなりノックもなく扉が開かれた。
「かーさん、こっちこっちー!」
「ま、<マーク>、待ってください! いきなり『いいことがあるよ!』なんて引っ張ってこられて、私何が何だかーーーーあら?」
「ルフレに、<マーク>? どうしたんだ二人とも」
不意の闖入者は、ようやく三つになったばかりの息子の<マーク>と、妻のルフレだった。意気揚々と走り込んできた<マーク>に対し、ルフレは丈の長い夜会用のドレス姿で急がされたようで少し息が上がっている。
確か今日のルフレは、生誕祭の夜に開かれる祝宴用の衣装の調整をしながら、昼の式典の進行に関する打ち合わせと招待客の最終確認、それに祝宴の料理の調整等々、予定が盛りだくさんで、抜け出す余裕はないはずなのだが。
というか、腕白盛りの息子は、また乳母や侍女を撒いてきたのだろうか。状況が飲み込めず戸惑うクロムと、息を整えているルフレの前で、幼い姉弟ばかりが以心伝心、分かり合っている。
「ねーさん、ねーさん、ぼくちゃんと『にんむかんりょー』したよ!」
「<マーク>、えらいですよ! これで計画はかんぺきですね! お姉さまたちにほうこくしましょう!」
きゃっきゃ、と両掌を合わせて喜ぶ子どもたちは可愛い。可愛いがしかし。
「あのぅ……クロムさん? これってどういう状況なんでしょう? クロムさん、今日も執務がぎゅうぎゅうで、こちらに戻って休憩される時間はなかったですよね?」
「ああ。それはお前もだろう? そのドレスを着ているということは、仕立て屋が来ている最中に連れ出されたんだと思うが……」
「あ! あのね、あのね、にーさんからわたしてっていわれたの。これ!」
妻と顔を見合わせて首を捻っていると、姉から全力で褒められてご満悦な<マーク>が、思い出したように手紙を引っ張り出してきた。
多分、今の今まで存在を忘れていたのだろう。くしゃくしゃになっている封筒を受け取り、中からもっと皺だらけの手紙を取り出せば、見覚えのあるのびのびとした文字の連なり。未来から来た息子、マークの字だ。
ーーーー父さんへ。最近父さんの母さん不足が深刻で、仕事の能率が上がっていないと小耳に挟みました。な・の・で! 親孝行な僕から父さんに贈り物です。フレデリクさんと打ち合わせ済みなので、仕事のことは心配しないでくださいね。それじゃあ、どうぞごゆっくり!
ごゆっくり、の部分の筆圧がやたらと濃い気がするのは気のせいだろうか。まあ、それはともかく、息子からの短い手紙で愛娘の似つかわしくない振る舞いに対する疑問が氷解した。
無言で手紙を仕舞い込み額に手を当てるクロムと、隣で同じく手紙を読み、色々と察して顔を赤らめ黙り込むルフレ。
そんな両親を前に、幼い姉弟はいたって無邪気に手紙と同じ言葉を口にした。
「おとうさま、おかあさま、ゆっくりしてくださいね!」
「ごゆっくり、だよ!」
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