「父さん父さん。僕、早く小さい僕に会いたいです」
いたってにこやかに言い放たれた息子の言葉に、クロムは数回に渡ってその意味を反芻した後、口に含んでいた『リョクチャ』なる不思議な苦味のある飲み物を勢い良く吹き出した。と同時に、逆流した一部の液体が喉に流れ込みむせて咳き込むのを、どんどんと胸元を叩くことでどうにか抑えようとする。
とんでもない発言をした当の息子は冷たいもので「借り物なんですから、浴衣汚しちゃ駄目ですよー」と言い捨て、自分の浴衣にかからぬようにとの配慮なのかさっさと距離を置かれてしまった。
「けほっ…ま、マー…く! 何を、ごほっ……いきなり…っ」
「えー?! だって父さんが言ったんじゃないですか。何か欲しいものはないか、って。でも僕、あんまり物欲ないみたいなんですよねー。戦術書ならマミー狩りして貯めたお金で買えますし、食べ物だって不自由してないですし、母さんとお揃いのこの軍師服気に入ってますし。僕じゃあどうしようもないものっていうと、それしかないんですって」
「だ、だがな……げほっげほっ…う、ぐっ」
まさかこうもはっきりきっぱり、面と向かって『子供を作れ』と同義の台詞を言われるとは思わなかった。しかも自分の息子――ただし未来から来た――に。
「さっきの母さんの浴衣姿、綺麗でしたよねー。父さんこう、むらむらっときませんでした?」
……確かに、初めて見る『ユカタ』という衣装に身を包んだルフレは綺麗だった。すらりとした彼女の肢体を艶やかな柄の布地が覆っていて、肌の白さとの対比が目に眩しく。髪の結い方もいつもの軍師服姿の時と変えていたため、襟から覗く後れ毛が堪らなくて、ついつい食い入るように見つめてしまったほどだ。
多分、二人きりだったなら抵抗する間も与えず押し倒していた。情けないことではあるがそれはもう、まず間違いなく。
しかし成長した姿で現れた我が子にそれを指摘されるのは、何とも言えない居た堪れなさがある。
液体が本来嚥下されていくべき場所とは違うところへ入ってしまった苦しさと、そうした気まずさが交じり合って、クロムはしばらく目尻に涙さえ浮かべて呼吸を整えようと、大きく肩を上下させていた。
だがその間にも、むせている父親の背中をさすってくれることもない冷たい息子の、勝手な言い分は続いている。
「そもそも母さんと父さん、僕とルキナさんで部屋を分ければ良かったんですよ。なのに父さんってばこういう時ばっかり行動が遅いんですから。温泉宿なんてこんな雰囲気満点な場所、夫婦のいちゃいちゃに使わなくてどう使うんです?」
「お、お前はさっきから……! いいか、マーク。俺とあいつは確かに夫婦だし、そ、その……そういうことも、するがなっ。それは俺たち夫婦の問題であって、お前にどうこう言われることじゃないぞ!」
精一杯の父親らしい威厳を発揮しようと努めてみたが、まだ涙目なのと顔が赤いのとで悲しいかな、あまり迫力はない。それはマークがまったくクロムの反論にも耳を貸さず、次のように続けたことからも分かる。
「僕だって両親の夫婦生活にまであれこれ口を挟みたくないですよー。でもいいですか、この間僕、夢の中で不思議なお告げを受けたんですけど……それによると、とあるフラグを回避するには『絆ポイント』が重要らしいんです!」
「……は? ふらぐ? きずな、ぽいんと……何だそれは?」
何やら珍妙な単語が出てきた。盛大にむせる原因になった『リョクチャ』より、先日異界の砂浜に呼ばれた時に着用させられた水着より更に馴染みのない響きだ。マークはやたらと流暢に発音しているから意味が分かっているのかと思えば「僕にも分かりません!」とあっさり笑顔で返された。
「意味は知らないですけど、ただとにかく大事なのは、母さんと父さんが仲良くすることです! それだけは分かりました。愛は世界を救うんですよ。という訳で父さん、世界平和のためにも早く小さい僕に会わせてください」
「そ、そこまで深刻な話なのか……?」
何やら当初と論点がずれて来てしまっている気がする。だが勢いに乗った息子を止められる者など軍内には存在しない。結局マークが何か用事を作ってルキナを呼び出し、その間に女性陣の部屋にクロムが突撃するという計画がこれまた勝手に作り上げられていった……。
To be continued…?
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