翌朝、早朝。
どんより沈んだままのルフレの心を置き去りに、太陽は元気よく青空で輝き始めていた。
「……目、腫れちゃってます……冷やさないと……」
カーテンの隙間から射し込む朝日で目を覚ましたルフレは、鈍痛を訴える頭を押さえながら起き上がり、ナイトテーブルに置いてある鏡を覗いて掠れた声でそう呟いた。
深夜近くにクロムが出て行ってしまった後、どうにか寝室まで移動したルフレだったが、その後の記憶がない。どうやら泣きながら眠ってしまったらしい。
ベッドが二つ並んだ寝室にクロムの姿がないことに、また涙が出そうになったのをぎゅっと目を瞑って堪え、顔を洗って少しでも気持ちをしゃんとさせるべく洗面所へ向かった。
ところが通り道のキッチンにはクロム専用の青いマグカップや、これまたクロム用の濃紺と白のチェックのエプロンもあって、ルフレにその持ち主のことを思い出させようとする。
足早にキッチンを通り抜けて洗面所へ。冷たい水で顔を洗い、肌の手入れをした後、腫れぼったい目の辺りを濡らしたタオルで冷やしながら力なくソファへ座り込む。
今日は母の月命日だから、元々お墓参り以外は何も予定を入れていない。アルバイトも休みにしてもらったし、急ぐ必要はないのだけれども。
(朝ごはん……テレビで見て、クロムさんが美味しそうって言ってたフレンチトーストにしようと思ったのに……)
普通のレシピと違ってほぼ一日卵液に浸しておくから、焼くとパンの表面はカリカリ、中はふわふわで、口の中でとろけるような食感になるらしい。
実は結構甘いものが好きなクロムが心惹かれている様子だったので、張り切って準備していたのだが……。
(それに、目的は母さまのお墓参りですけど……クロムさんと出かけられるから楽しみにしてたのに……)
巨大なスフレのように膨らんでいた期待が、何が何だか分からない内にぺしゃんこにされたので、段々と泣くよりも、ルフレの予定とか期待とか乙女心とかをめちゃめちゃにしてくれた旦那様に物申したい気分になってきた。
「大体、結婚したのに、き、キスまでしかしないってどういうことですか⁈ そりゃあクロムさんから見たら子どもかもしれませんけど、私……ちゃんとクロムさんが好きなのにっ。何か理由があるなら、ちゃんと言ってくれればいいんです! なのに何も説明してくれなくて、やっとそういう雰囲気になったと思ったら途中でいきなり『こんなことをするつもりじゃなかった』って、じゃあどういうつもりだったんですか!」
ソファに置かれたクッションを抱えて、行き場のない思いをぶつけるようにぼすぼすと叩く。
目元を冷やしていたタオルが床に落ちたが、ルフレはここにいないクロムへの八つ当たりで忙しく放置である。
「しかも謝るし! 私たち夫婦なんですから謝ることじゃないですよね?! おまけに勝手にひとりで自己完結していなくなっちゃいますし! 朝になっても帰って来ないですし! もう、クロムさんなんて、クロムさんなんて……っ!」
――――大っ嫌い!
そう続けようとしたのに、沸騰してぴーぴー鳴るやかんの様にクロムへの文句を吐き出していた唇は、ぴたりと音を紡ぐのを止めてしまった。
怒っているはずなのに、脳裏に浮かぶのは彼と過ごした幸せな時間ばかり。その時の光景が、クロムの優しい笑顔が邪魔をして、大嫌いという、たった五文字が口にできない。
「~~~~っ! もう、知りませんっ!!」
それだけ叫ぶと、ルフレはぼすっ! と手元のクッションをソファの座面に投げつけた。
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